学長日記
2010年2月11日
8通のはがきを書きました。
今日の休日、重い、そして複雑な思いを抱きながら8通のはがきを書きました。昨年8月から先月までの間に保護者を亡くした8名の学生に宛てた見舞い状です。
本学では学生の保護者が亡くなられたとき、学長名でお香典と弔電を届けております。その報告が当該学生記録の写しとともに私の手元に届けられます。お香典と弔電は、大学としての精一杯の誠意を伝えるものですが、規程にのっとった対応(当然ですが)に、何か複雑な気持ちでおりました。愛する肉親を失うということが、二十歳前後とは言え、なればこそ、どんなに重いことか。「慰めと励ましの言葉をじきじきに伝えたい」という思いがあったといえばよいでしょうか。そんな思いから、見舞いのはがきを書いたのが事の始まりでした。しかし、どんな言葉が見舞いや励ましになるのだろう。詳しい事情も知らないまま書くことが、いかに重いことであるかに気付くには1通、2通で十分でした。これまで何とか続けてきましたが、今回は訃報の報告書が「未処理」の箱の中に積み重ねられるままになりました。「後期が始まる時が区切りがいいからそのときにしよう」、それが、「1年の区切りの年末がいい」、「年が明けてからにしよう」になり、そして、ついに「学年末試験も終わりましたがいかがですか」という文面になってしまったという次第です。
お父様が亡くなられてから半年以上にもなる学生もいますので、書く文面が1人1人違ってきます。大学のカレンダーだけでも、1年生から3年生には「学期末、学年末」となりますが、4年生、M2(大学院修士課程2年生)には、卒業や修了の時期になります。卒業論文や修士論文の提出や発表を間近に控えている時期か最中となります。3年生にとっては卒業研究着手の可否がわかる時期になります。就職のこともあります。1年で一番デリケートな時期なのです。「何を書けば見舞い状になるのだろう」、そう思いながらも、「ただこの時期を逸すると機会はなくなるぞ」と自分に言い聞かせて書きました。
生きとし生きる者にとって愛する者との死別は避けられないことです。しかし理解とは別に納得いかぬ場合が多いのが現実です。指導の先生方や学務部からの情報では8名全員それぞれがんばっているということでした。「学長、期末試験や卒業研究のとりまとめでそれどころではありませんよ」と言ってくれるなら嬉しい。結局、今回も、「初志を遂げることがお父(母)様への何よりのご供養と思います」と、月並みにしか書けませんでした。
中野武登先生直筆の「学園草花シリーズ」の絵葉書を使いました。その一つが「ふきのとう」でした。ふきのとうに関して次のような歌と俳句が紹介されておりました(本学ホームページ「学園草花シリーズ」より)。
さざれ水うねれる岸に蕗(ふき)の薹(とう)
三つ四つ見えて小雨に濡るる
窪田 空穂
蕗(ふき)の薹(とう) 雲の茜は空にのみ
馬場 移公子
小雨に濡れながら、さざれ水がうねる岸にへばりつくように芽を吹き出している蕗(ふき)の薹(とう)は、八つあります。夕日に映えた西方の茜雲の合間から、それが見えますか。
投稿者 : 茂里 一紘
