学長日記
2010年7月 7日
学長日記のURL変更のお知らせ
2010年5月27日、広島工業大学のホームページをリニューアルしました。
ホームページリニューアルにともない、「学長日記」のURL(アドレス)は「http://www.it-hiroshima.ac.jp/about/president/blog/」に変更させていただきました。
お気に入りやブックマークなどに登録されている方は、お手数ですが設定のご変更をお願いいたします。
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2010年7月 5日
今年度の自校教育論を終えました
7月1日、情報学部・健康情報学科と環境学部・地球環境学科両学科の授業をもって、今年度の自校教育論の学長担当分を終えました。授業の実施には秘書室にお手伝いいただいていますが、「先生、今日が最後ですね。授業の模様を写真にとっておきましょうか」と訊かれました。「写真をつけて学長日記にお書きになったらどうですか」とのこと。「そうか最後か」と思い、したためました。


自校教育論授業風景
音楽では、奏でる者と聴く者とが一体となって初めて素晴らしい演奏会となります。いい授業も、教員と学生の思いが一つになって初めてできるというのが私の経験的持論です。そのような状況をいかに作るかが教員に問われますが、今回は「今日が最後」という私の思いと学生の何かとが合ったのでしょうか、「会心の出来」と言ってもいい授業でした。
講義の内容や進め方は、レポートに書かれた学生の感想や私自身の反省をもとに、毎回少しづつ改訂していきますが、今回はその上に環境デザイン学科の景山教授(数学担当)の意見に従って内容を工夫し、また注意深く進めました。景山先生からはかねてから「学長の講義を聞きかせて欲しい」という要望があり、前回の講義を聴いてもらいました。先生からは、「感想みたいなことですが」と題して、早速メールが寄せられました。「(私の)言葉自体が聞き取れない部分が多々あった」、「(学生の)レポート作成中は話しをしないで静かに作成させた方が良い」、また、「メモの取り方、レポートの書き方などについては初年次セミナーにも触れ、そこでの学びと関連づけるとよかった」、「話す言葉表現やたとえに注意しないと理解できないことがある」などの指摘がありました。このような経緯もあって意図的に進めましたので、「会心の出来」などと独りよがりしているのかも知れません。学生に加え、同僚教員の意見を聴くことも授業改善には意義あることだと改めて思わされました。
講義の最後に、「本学の教育方針について考えを述べよ」という課題を与え、授業の感想ともあわせて、簡単なレポートを書いてもらっています。前回の環境デザイン学科のレポートの中に、「入学して2ヶ月強経って、初めて本学の教育方針を知った。今日知ることができたため、残りの学生生活を過ごす中で常に心のどこかに留めておきたい」(原文のまま)という感想がありました。また「本学の教育方針である『常に神と共に歩み社会に奉仕する』には、社会、環境、倫理の3つのキーワーズがあり、一つ一つにしっかりとした意味があることを知ることができておもしろかった。『神と共に歩む』では、ばれるばれないではなく、やってはいけないことはやってはいけないに対して、確かにその通りで、そういう心構えを持つことはすごく大切であると思いますが、ばれなければすむこの世の中で、その考えをみんながもつのは難しいと思った」(原文のまま)というレポートもありました。評価と意見が含まれています。
私にとっては最後の講義でしたが、1年生の学生にとっては始まりだったのです。本学の教育方針は50年前の建学時からのものですが、21世紀の技術にこそ大切な視点であると私は確信しております。在学中のみならず、これからの人生で、「心のどこかに留めて」くれれば嬉しいと思いました。ちなみに、景山先生のメールには「私自身、教育方針についての理解が深まりました。感謝」とありました。
4月の「入学式式辞」の補講をようやくやり終えたということでもあります。
追記:講義内容は、2009年5月30日付学長日記に掲載しております。
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2010年6月25日
学生受け入れ、そして入試行事のスタート
4月4日の入学式の後、学科ごとに行なわれるオリゼミ、新年度の特待生そしてスカラシップの授与式など、4月から5月にかけて学生の受け入れに関する行事が矢継ぎ早にありました。履修届で学務部の窓口が学生であふれる時期でもありました。連休で一息入れた後は、新入生全員とチュータの先生方との個人面接がありました。私は新入生とのNS昼食会を8回楽しませていただきました(5月28日学長日記)。この間、イリノイ大学や瀋陽航空航天大学からの短期留学の“新入生“の受け入れがありました。
新しい学生の受け入れに関する多くの行事で毎日がダイナミックに過ぎて行く中で、4号館前庭の木々も若葉から鬱蒼とした深緑色になりました(新装なった本学ホームページのカバー写真の一つとなっています)。折からの梅雨にしっとりと濡れた風情に、この3ヶ月の変化を改めて感じさせられています。新入生一人ひとりにとってはもっと大きな変化の3ヶ月だったことでしょう。
そうこうするうちに来年度の学生受け入れのための入試行事が始動しました。入試行事は大学にとって重要な行事の一つです。来年4月の入学式の源流はここから始まります。高校の先生方を対象とする『入試説明会』も既に始まっており、22日と23日には私は松山と岡山会場の説明会に参加しました。生徒さん、高等学校そして大学の三者が情報を共有し、納得した大学選びをしてもらうためのものです。7月3日には本学で開催されます。今年は、雙鶴堂(そうかくどう・大学茶室:5月6日学長日記写真)で茶会を持つことを計画しております。「技術系大学と茶会」。この組み合わせに私はこれからの技術の深い意味を勝手に感じております。
学生受け入れのための最大の行事は『オープンキャンパス』です。今年も、いつもと変わらないメニュー(写真)ですが、『学長カフェ』を開店します。高校生や保護者、そして高校の先生、はたまたOBなどいろいろな方々との語らいを今から楽しみにしております。昨年の教育懇談会では、本学学生の保護者となられた方から「オープンキャンパスでお会いしました」と声をかけられました(2009年10月16日学長日記)。
最近は保護者の方も多く見えます。保護者の方にも納得した大学選びをしてもらうことは大切なことだと思っております。保護者の方にとっての広島工業大学でもありたいものです。今年は30組の在学生保護者にご参加戴き、現在・未来の保護者同士で話し合っていただく『保護者コーナー』を設けます。その『オープンキャンパス』、今年は7月18日(日)と8月29日(土)に予定されております。

『学長カフェ』メニュー
新学期から夏休みまで。私どもにはあわただしい毎日ですが、18、19の若者にとってはこれくらいのスピードの変化がいいのかも知れません。希望者には、夏休みに母校の『高等学校訪問』をしてもらいます。本学に入学して4ヶ月。立場が変わって“先輩”として出身高校を訪問するのです。後輩や恩師の前では若干の緊張と“背伸び“が求められます。しかし先輩としての”背伸び“は彼らをまたひとまわり成長させてくれることでしょう。彼らに自分でも気付いていない可能性が秘められているのです。
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2010年5月28日
NS昼食会をしました。
今年も昨年に続いてNS昼食会をしました。遠方ないしは先輩の少ない高校からの入学生を対象としておりますが、今年は、島根・鳥取の山陰地域、兵庫以東、九州、岡山と四国4県の8グループの46名と昼食をとりながら歓談しました。5月25日の香川県組をもって終了しました。
「NS」とは、”Not Strangers any more”の略です(2009年5月14日学長日記「昼食会」参照)。「もう”stranger”(よそもの・不案内な人・見知らぬ人)ではないよ」という意味です。”stranger”には、「場違いなところにいる人」というニュアンスも感じられますが、「広島工業大学に入った君たちにはここが居場所なんだよ」と伝えたい思いで始めたものです。
遠方とは言え、多くの人はオープンキャンパスなどを含め、入学前に1、2度は大学に来ているので戸惑わなかったと言っていました。ただ、入学式で初めて大学キャンパスに来たという人もいました。地方会場で試験を受けたためです。広島は九州にあると思って入学したという沖縄出身のつわものがいました。
親元を離れて一人暮らしを始めた人たちばかりですから、いきおい食事が共通話題になりました。私は、お父さんお母さんも一番心配しているから、食事はきちんととるようにと話しました。それだけでなく、「料理は“工学”である」という、かねての自説をぶってしまいました。計画・設計(献立と素材の検討)、在庫確認(冷蔵庫チェック)、素材仕入れ(スーパー買出し)、製作/製造(料理)、完成・納品(食事)そしてメンテナンス(後片づけ)。見事に工学と対応します。段取り・工夫が大切なことも工学そのものです。工学(技術系)の勉強をしているつもりで自炊をしなさいと勧めました。
「1週間の献立をたて、1週間の買出しをすることが食事が片寄らないための秘訣」という体験的自説も押し付けました。その都度買出しに行くと、ついつい簡単なメニューになったり、好きなものばかり食べるようになるからです。もう一つ、「野菜をとること」も強制的に押しつけました。朝は野菜炒め、夕食は水炊き。油をとり過ぎないで炒める方法まで伝授しました。
最後に一人ずつ、「一言抱負」を述べてもらいました。「きちんと勉強して4年で卒業し、就職する」と言った人が多くいました。その中で「これ以上親に負担をかけたくないので」と言った人も数人いました。「口には出さないかもしれませんが、心の中ではそんな思いでいるのですよ」と、お父さんやお母さんに伝えたくなりました。
「夏休みに母校訪問という制度がありますが行ってくれるかな」と聞きましたら、幾人かが手を上げてくれました。広島工業大学の学生となって4ヶ月たった卒業生の顔を見て、高校の先生方はどう思われることでしょう。

NS昼食会
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2010年5月 6日
「ふれあいフェスタ」が開催されました
4月29日と5月1日の両日、『広島工業大学花と緑のキャンパス―ふれあいフェスタ』が開催されました。折からの五月晴に恵まれて、多くの近隣のかたがたが見えました。29日は1500名までは受付で対応したが、その後は把握しきれなくなったという報告でした。また野点(のだて)のお菓子が足りなくなり急遽追加注文をしたという報告も受けました。2日目の1日も似た状況でした。
この催し物は、「広島工業大学の今日あるのは地域のおかげ」という創設者鶴襄先生の発案によるもので、5千本とも6千本とも言われているキャンパスのつつじを地域の方々に見ていただこうというのがもともとの趣旨です。平成6年から始まり今年で17回目となりますが、いまや広島工業大学の年中行事の一つとなった感がします。主役のつつじは満開には今少しは早い時期でしたが、壮観で私も見とれました(写真1)。

(写真1)アゼリア広場前のつつじ
茶道部によるお茶の野点も定番の名物になっております。今年は、部長先生(上田宗箇流)から色紙の依頼を受けました。どのような言葉でもいいということでしたが、「誠実絆朋友」という季節感もない5つの漢字を勝手に並べて書かせていただきました。野点傘の柄にさりげなく掲げられておりました。気恥ずかしい思いもしましたが、この5文字は学長8年目になる私の実感です。50年かかって築かれた本学の学風「誠実」が、本学に関わった人たち「友」「朋」のつながりすなわち「絆」となっているということ。学生から「どう読むのですか」と聞かれました。「『誠実、朋友をつなぐ』とでも読んではどうですか」と無責任な答えをしました。
一見「技術」と関係ない茶室が、新装成った学びの拠点「三宅の森Nexus21」と本学本館の新1号館を背後に従えた光景(写真2)は、本学キャンパスで私が最も気に入っているアングルです。茶室の前庭には、赤い野点傘と床机にかけられた毛氈(もうせん)、そして和服姿の部長が写っております。この光景が「誠実・絆・朋友」という漢字を連ねさせました。

(写真2)茶室(右)と「三宅の森Nexus21」(左)、
本学本館の新1号館(中央)
キャンパスでたまたま話しかけた方が、20年前に土木を卒業した卒業生のお母様でした。現在島根県の高速道路工事現場で元気に働いていると伺いました。また、初老の紳士から「学長先生ですか。私は、オープンキャンパスで先生とお会いしました」と名乗られました。亡くなられた本学教員の義姉さまからも声をかけられました。先生と親しかった職員も交えて、しばらくは先生を偲ぶ話が続きました。
初夏と言ってよい陽気の2日間。陽気以上に明るい晴れやかな気持ちにさせられました。
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2010年4月16日
「可能性」の列に見とれて――新学期が始まりました。
4月3日の入学式を終えて、キャンパスも週明けから徐々ににぎやかになりました。2週目になるとキャンパス全体がいよいよ活気を帯びます。
このところ朝方、学長室の窓からの景色(写真1)にしばらく見とれることがあります。学長室は、新1号館の15階にあります。眼下には、右手に「三宅の森Nexus21」(講義棟)があり、左手にはアゼリア広場があります。アゼリア広場の先には茶室「雙鶴堂(そうかくどう)」が見えます。登校する学生は、雙鶴堂の前を左折してラグビー場との間の道を「三宅の森Nexus21」に向かって歩いてきます。多くは近くの広電楽々園駅から歩いてくる学生ですが、自転車通学の学生も駐輪場に自転車を置いて加わりますので、列をなす様は壮観です。それに見とれるのです。大学への取り付け道路の角にあった附属広島中高校の校舎が撤去されたこともあってその列を岡の下川に架かる五観橋まで目で追うことができます。ちなみに写真中央遠方に見えるのが瀬戸内海に浮かぶ似島です。その形から安芸富士と呼ばれています。
本学は「教育は愛なり」を建学の精神としております。「愛」とは「学生ひとり一人の可能性を信じること」と言っております。15階からは学生の顔形はもちろん認識できません。しかし「可能性」の列が歩いているように見えることがあります。あの列の中にはとんでもない可能性が秘められていると思うと、ついつい、眼下の景色と列に見とれてしまうというわけです。
昨日は、学長キャリアコーナーの任を果たすべく、昼休み、「三宅の森Nexus21」に出かけました。昼休みと言うこともあって、4階のコミュニケーションプラザや3階のラーニングコモンズはにぎわっておりました。4階中庭のテーブルも、少し寒い天気でしたが、食事をしたり雑談をする学生で満席でした。今年は「工大の歩き方2010」を新入生に配布しました。キャンパス・ナビの学生グループによる36ページものの手作りガイドブックです(写真2)。学生に声をかけ、歩きながら、私自身、どんな「歩き方2010」をしたらいいのだろうかと考えさせられました。
とにかく、目にするもの、手にするもの、一事が万事、初々しく新鮮に感じられる新学期です。
(写真1)学長室からの景色

(写真2)キャンパス・ナビ作成パンフレット
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2010年4月 3日
2010年4月入学宣誓式学長挨拶
「友達百人できるかな」
入学・進学おめでとう
広島工業大学入学および大学院入学のみなさん、ご入学おめでとうございます。これまでと違った新しい環境への期待・希望と同時に不安もあろうかと思いますが、私たち教職員・在校生は心からみなさんを歓迎します。一緒にやっていきましょう。
保護者のみなさまにはご子女のご入学おめでとうございます。多くの皆様にご出席いただきましてありがとうございます。見渡しますと2階では立っておられる方が多くおいでです。恐縮です。しばらくご辛抱ください。
友達百人できるかな
みなさんは「1年生になったら、友達百人できるかな」という歌をご存じでしょうか。まど・みちおさんという山口県周南市のご出身の方が作詞された歌ですが、一度は聞いたことがあると思います。新しい環境の中で友達ができるという期待を素直に歌っている歌です。この歌の「1年生」はもちろん小学校の1年生ですが、私は、大学生にもあてはまることだと思っております。むしろ、本学に入学したみなさんには、友達をつくることを小学生以上に期待したいと思っております。というのは技術系ではことのほか「友達」が大切だからです。
時々「人と接するより機械いじりが好きで工学部を選んだ」とか「コンピュータが好きなので情報学部を選んだ」と言う人がいます。しかし、設計する人、製作する人、使う人に説明する人がいてはじめてできるのがものづくりなのです。プログラムも1人のプログラマーが端末に向っていてできるものではありません。技術系の仕事は多くの人とのチームプレイなのです。だから、友達、仲間、チームが、ことのほか大切なのです。そういうこともあって、就職にあっては、自分の考えを仲間に伝えること、すなわちコミュニケーション能力が重要な素養の一つとして求められます。
「共に歩む」そして「奉仕する」
友達づくりはまず自分が行動することから始まります。
社会心理学の研究によれば、だれでも自分を好きになってくれる人を好きになるそうです。これを「行為の返報(へんぽう)性」と言うそうです。返報とは行為に報いることです。この法則に従えば、友達づくりで大切なことは、自分から友達になるということになります。だから「友達をつくる」ではなく、「友達になる」と言った方がいいのかも知れません。自分から人を好きになることです。人を好きになるには、その人といっしょに共に何かをやることが一番です。
広島工業大学は、「常に神と共に歩み、社会に奉仕する」を教育方針として掲げております。広島工業大学は、広い意味での技術系の人材を育てる大学ですから、この教育方針を初めて聞く人は少し変わっっているなと感じられたのではないでしょうか。そこには、「共に歩む」と「奉仕する」という2つの行動を表す表現があります。「共に歩む」ことは共に力を合わせて何か一つのことを行なうことです。そして「奉仕する」ことは、先ほど申し上げました「返報性」でいうところの「人を好きになること」と言っていいでしょう。いずれも、友達づくりの基本となる行動です。「共に歩み、奉仕する」ことによってチームでものごとに当たることの大切さを言っております。それは、技術者にとって本質的に大切なことなのです。
友達づくりの機会
大学でつくる友達は、いわゆる仲間という意味の友達に限りません。専門知識との出会いであったり、研究によって発見・確認した新しい事実であったり、あるいは新しい技術、文化、考え方、そして生涯続く先生との出会いなども広い意味での友達と言ってよいでしょう。広島工業大学のキャンパスには、そのような友達づくりのきっかけとなる環境がたくさん用意されております。
教室での学びの中に新しい知識との出会いの機会があります。また寝食を忘れて好きなだけやってもとがめられない卒業研究や図書館での自学自習には、教室での出会いとは一味違った出会いがあるでしょう。自主的企画活動の「HITチャレンジ」という企画や、海外研修や企業研修といった「外が学びプログラム」は、キャンパスを超えた多様な友達づくりの機会となります。女子学生を中心とした女子学生キャリアデザインセンターも友達づくりのよい機会となっています。
課外活動は友達づくりのきっかけとなっております。本学の課外活動の参加率は36%です。全国の大学平均は30%をきるといわれております。本学の課外活動は、正課の勉強と両立させながらやる活動ですから倍の努力が求められます。しかしそのような中での活動なればこそ、「共に歩む」ことや「社会(仲間)に奉仕する」ことによって友達ができます。
4年後の卒業式、あるいは大学院の修了式には、百人と言わず、今日ここにいる全員が一緒になって、三宅の森でおむすびをパックン、パックンとやりたいものです。
保護者のみなさまへ
保護者のみなさま、広島工業大学は、今申し上げました思いをもってご子女をお預かりしたいと思っています。ただ教育という営みは、本人の努力はもちろん必要ですが、大学、社会、卒業生、とりわけ保護者のみなさまとの協力があって初めて実りあるものとなります。本学では、保護者のみなさまとの懇談する機会として教育懇談会を各地で開催しております。是非ご出席いただき親しく教育について語り合うことができればと願っております。また大学ホームページではホットな情報をみなさまにお届けしております。保護者のみなさまともご一緒におむすびを味わいたいものです。
最後に
考えてみれば、本学の教育方針に言う「共に歩む」、そして「社会に奉仕する」という2つの行動は、ひとり友達づくりに限らず、人間として、社会人として大切な行動です。だから、在学中に「友達百人」が実現したら、立派な社会人でもあるということになります。
新入生のみなさん、今日の今の気持ちを忘れずに、「共に歩む」行動、そして「社会に奉仕する」行動の4年間ないしは大学院の学びの時としてください。百人の友達ができることもさることながら、百人の友達になることを期待して、お祝いの言葉とさせていただきます。
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2010年4月 3日
「友達百人できるかな」――入学宣誓式がありました
4月3日、2010年度入学宣誓式が執り行われました。例年より早く開花した桜も、途中の寒波もあって、入学式がちょうど満開となりました。寒さがいくらか残っておりましたが、まさに入学式日和でした。
1247名が入学しました。これまで学部ごとに起立してもらっておりましたが、今年から学科ごとに起立してもらうことにしました。できれば一人一人名前を呼び上げたいところでした。
卒業式とは違って華やかさはありませんが、初々しさがありました。何よりも多くの保護者のご出席がありました。椅子が足りず、2階のギャラリーでは立ったまま参列いただくことになりました。多くの方が立っているのを檀上から拝見しお祝いの言葉の中でお詫びを申し上げました。
大学の入学式に保護者が参列することには賛否両論あるところですが、私は、教育という営みは、本人の努力はもちろん必要ですが、大学、社会、卒業生、とりわけ保護者のみなさまとの協力があって初めて実りあるものとなると考えております。入学式は保護者の方々に本学の雰囲気や教育方針を理解していただく絶好の機会であると思っております。来年度は立ち見席に対して何らかの対応をとりたいと思っております。
新入生のみなさんには「友達百人できるかな」と題してお祝いの言葉としました。「友達百人できるかな」は、まど・みちおさんの作詞による小学生向けの歌の歌詞ですが、友達、仲間、チームを作ることは技術系の人間には非常に大切であるという私の認識によるものです。
“友達、仲間、チーム”は、コミュニケーション能力やチームで仕事をする能力の基本です。これらの能力については、大学に入学するまでにいろいろな場面で訓練される機会があったことでしょうが、大学で徹底して訓練する必要があると考えております。
この歌については、いつか入学式に触れてみたいとかねてから思っておりました。意を決して話したお祝いの言葉でした。当日参加できなかった保護者のかたがたにもお読みいただければ幸いです。
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2010年3月31日
平成21年度卒業式お祝いのことば「目を真っ直ぐに向けて」
「目を真っ直ぐに向けて」 2010.3.20
厳しい社会への船出
卒業、修了おめでとうございます。月並みな言葉ですが、みなさんの船出を心から祝福いたします。保護者のみなさまには、最後の学校教育の卒業ということで、これまでの高等学校などの卒業とは違った感慨がおありのことと存じます。高いところからではございますが、心からお喜び申し上げます。またご来賓の皆さまには、ご多忙のところ、若者の船出の式典にお越しいただきまして誠にありがとうございます。
今年度は特に教育改革18によって新設された学部・学科の1期生が社会に船出しますので、教職員にとりまして感慨深いものがあります。
責任的生き方
ところでみなさんは空前の不景気の怒涛の中での就職活動でした。みなさんは、それなりに勉強していたにもかかわらず、就職活動の時になって怒涛のような経済状況に遭遇したわけです。それは、みなさんには直接的には責任のないことでした。いわんや、みなさんの努力でどうこうできる事態でもありませんでした。
私の知人がある冊子に、「人はその出自・生活環境・時代などから自由であり得ない。しかしそれらに身を任せるのではなく、そこで責任的に生きたか否かがその人物の評価につながる」と書いているのを読みました。「出自」とは、でどころ、生まれのことです。これは自分ではどうしようもできません。同じように生活環境や時代からも自由ではないことがあるというのです。「選ぶことはできないが、背負うしかない」とも言えるでしょうか。この方は、しかし、そのような状況の中で、いかに「責任的に生きているか」によってその人の真価が問われるというのです。
みなさんの就職活動を襲ったこのたびの“経済”環境の中で、みなさんは「生活環境・時代などから自由であり得ない」ことを実感されたことでしょう。たまたま見た昨夜のテレビで200社以上の試験を受けたという東京の女子学生が、「1年前に生まれておればよかった」とインタビューで答えていました。選ぶ余地なくこの厳しい経済環境を背負うことになったみなさんは、これからどのような生き方をしていこうとしておられるでしょうか。
目を真っ直ぐに向けて
本学アドバイザリーボードの委員であるある会社の社長さんが、本学に望むこととして、「目が真っ直ぐ向いている学生さんを育てて欲しい」とおっしゃいました。
みなさんは岩崎弥太郎という名前を聞いたことがあるでしょうか。三菱財閥の創始者です。今NHKの大河ドラマに登場しておりますから知っていることでしょう。そのお孫さんの澤田美喜さんは、外交官の奥様だったのですが、第二次世界大戦の後、私財を投げ打って神奈川県の大磯町にエリザベスサンダースホームという児童施設を作り、終戦後の混乱の中で生まれた混血児を預かり育てました。遠足に出かけた時のことです。東京駅のホームに降り立った子供達はみな下を向いていました。澤田さんは「何故みんな下を向いているの!顔を上げて!」と言ったそうです。当時、混血児に対して強い差別がありました。施設に仲間といた時は元気だった子供達も、多くの人が行きかう東京駅では気後れし下を向いてしまったのでしょう。それで、澤田さんは「何故みんな下を向いているの!顔を上げて!」と言ったというのです。
私はジョッギングをするのですが、「ジョッギングではあごを少し出し気味にして上向き加減で走るくらいがよい」という専門家のアドバイスをテレビで聞きました。素人ランナーは疲れてくるとつい下向きになってしまいます。意識して上向き加減に走ってみたところ、前方を見据えることになるからでしょうか、周囲の視野が大きく変わることを体験しました。電柱が1本1本近づいてきます。そして「あの電柱まで」とか、「あの信号まではこのペースで」などと距離感が生れ、計画性を持つことができるようになりました。その後、歩く時も少し上向き加減で歩くように心がけているのですが、こちらに向かってくる人を早くとらえることになるからでしょうか、行きかう人に自然に挨拶をすることができるようになりました。
澤田美喜さんが何故子どもたちに「何故みんな下を向いているの!顔を上げて!」と言った理由、そして社長さんが「目が真っ直ぐ向いている学生さんを」と言った理由がわかるような気がしております。顔を上げて目をまっすぐ向いて歩くことは、自由ではありえない環境ではありますが、先を見つめることになります。先を見つめて生きることは、責任的生き方と言ってよいのではないでしょうか。
たすきを引き継いで
毎年1月、全国都道府県対抗男子駅伝競走大会が広島で開催されます。今年の広島県は、戦前は優勝の下馬評もあったくらいでしたが1区で出遅れ、確か34位だったと思いますが、2区のランナーにタスキリレーされました。みなさんが2区のランナーだとしたら、どう思いながら34位のタスキを受け取るでしょうか。たすきを受け取ったときの順位は、出自や生活環境あるいは時代のように、どうしようもありません。自分の責任ではありません。しかし、出遅れた中で自分の力とペース配分を考え、少しでも時間を縮めて、次のランナーにリレーするのではないでしょうか。広島県チームは、その後の走者が徐々に順位を上げ、4位でゴールしました。
厳しい時代だからこそ若いみなさんがタスキを受け継ぐのです。足元が揺れ出した誇りある日本技術の再生、地方の再生そして厳しい経済状況など、多くの課題があります。それらを受け継ぎ、顔を上げ、目を真っ直ぐに向けて、少しでもリカバリーして次の走者につなぐことは、みなさんの「責任的な生き方」だと思います。誠実にじわじわと追い上げつつ走る生き方は、広島工業大学の「常に神と共に歩み、社会に奉仕する」という教育方針そのものです。
最後に
みなさんが船出しようとしている社会は厳しいことは承知しております。厳しい時こそ企業も真剣です。だからこのような時なればこそ、顔を上げ、目を真っ直ぐに向けて、粘り強く誠実に、自ら学び成長する機会として欲しいと思います。私の観察では、坂道や階段では多くの人は下を向いて歩いています。しかし、坂道や階段で顔を上げ目を真っ直ぐに向けると、平たんな道よりずっと劇的に視野が変わります。これは私の体験です。
みなさんが下を向いているというわけではありませんが、「顔を上げて!」、「目を真っ直ぐに向けて!」ともう一度申し上げて、船出の言葉とさせていただきます。
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2010年2月20日
学内合同会社説明会が開催されました。
学期末試験そして卒業論文や修士論文の発表が終わり、このところ大学キャンパスはだんだん静かになりつつあります。しかし、2月15日(月)から17日(水)の3日間は、キャンパスに熱気にみちた空間ができました。
3年生と修士1年生を対象とした学内合同会社説明会が開催されました。学内合同会社説明会とは、本学の卒業生を採用する計画をお持ちの企業に来学戴いて、その企業に関心を持つ本学学生との懇談をとおして、双方の理解を深め就職の機会とするものです。開催は今回で6回目になります。15日午後、16日午前、午後、17日午前と4ラウンドにわたって322社の参加をいただきました。
正直言って、昨今の不景気で、はたして何社に参加いただけるか心配でした。しかし、鶴記念体育館体育館に開設されたブースやそこにお見えの企業の方々の雰囲気から、企業の地力と頑張りを見た思いがいたしました。今年の参加企業数は昨年度や一昨年とほとんど同じ数でした(昨年:330社、一昨年:335社)。この数は、理工系大学の大学単独主催の説明会としては西日本最大級です。大学はそのご期待に応えなければなりません。延べ2,000名の学生が参加しました。
私が感動したのは、企画の量的規模もさることながら、今回参加いただいた322社に働いている本学OBの数です。合わせて5,237人になるということです。これは、単に召集をかけて数週間の準備期間で大きくできる数字ではありません。毎年、1人、2人と就職して積み重ねてきた長年の実績です。就職した卒業生が評価されなければその後続く採用はないのです。学生の動きとは別に、ひとり誇らしくかつ嬉しい思いにさせられました。
こうした学生の就職活動について、大学は学生をもっと学業に専念させるべきであるとか、大学は就職の斡旋機関ではないなどといった意見があります。しかし、本学は、就職活動は学生にとって人生で最も重要な1つの活動であり、大学がその手助けをすることは必要なこととの考えで力を入れて取り組んでおります。個人的には、A社、B社を決めるとこと以上に、学生が社会人としての学び・成長の絶好の機会になるとわたしは思っております。就職活動という人生最重要な事象を介在して社会と接することにより、社会に目を開き、自分の生き方を真剣に考える機会となるからです。
参加した学生からは次のステップへと話が進んだとも聞いておりますが、多くの学生の気持ちとしては「出初式」だったかも知れません。考えて見れば4年生(学部生の場合)としての1年間は、大学で学ぶ4年間の4分の1の期間にあたります。今から後に随分と伸びしろがあるということです。社会の窓口である企業と接することによって是非社会人として成長する機会にして欲しいと願っております。

会場の光景
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2010年2月11日
8通のはがきを書きました。
今日の休日、重い、そして複雑な思いを抱きながら8通のはがきを書きました。昨年8月から先月までの間に保護者を亡くした8名の学生に宛てた見舞い状です。
本学では学生の保護者が亡くなられたとき、学長名でお香典と弔電を届けております。その報告が当該学生記録の写しとともに私の手元に届けられます。お香典と弔電は、大学としての精一杯の誠意を伝えるものですが、規程にのっとった対応(当然ですが)に、何か複雑な気持ちでおりました。愛する肉親を失うということが、二十歳前後とは言え、なればこそ、どんなに重いことか。「慰めと励ましの言葉をじきじきに伝えたい」という思いがあったといえばよいでしょうか。そんな思いから、見舞いのはがきを書いたのが事の始まりでした。しかし、どんな言葉が見舞いや励ましになるのだろう。詳しい事情も知らないまま書くことが、いかに重いことであるかに気付くには1通、2通で十分でした。これまで何とか続けてきましたが、今回は訃報の報告書が「未処理」の箱の中に積み重ねられるままになりました。「後期が始まる時が区切りがいいからそのときにしよう」、それが、「1年の区切りの年末がいい」、「年が明けてからにしよう」になり、そして、ついに「学年末試験も終わりましたがいかがですか」という文面になってしまったという次第です。
お父様が亡くなられてから半年以上にもなる学生もいますので、書く文面が1人1人違ってきます。大学のカレンダーだけでも、1年生から3年生には「学期末、学年末」となりますが、4年生、M2(大学院修士課程2年生)には、卒業や修了の時期になります。卒業論文や修士論文の提出や発表を間近に控えている時期か最中となります。3年生にとっては卒業研究着手の可否がわかる時期になります。就職のこともあります。1年で一番デリケートな時期なのです。「何を書けば見舞い状になるのだろう」、そう思いながらも、「ただこの時期を逸すると機会はなくなるぞ」と自分に言い聞かせて書きました。
生きとし生きる者にとって愛する者との死別は避けられないことです。しかし理解とは別に納得いかぬ場合が多いのが現実です。指導の先生方や学務部からの情報では8名全員それぞれがんばっているということでした。「学長、期末試験や卒業研究のとりまとめでそれどころではありませんよ」と言ってくれるなら嬉しい。結局、今回も、「初志を遂げることがお父(母)様への何よりのご供養と思います」と、月並みにしか書けませんでした。
中野武登先生直筆の「学園草花シリーズ」の絵葉書を使いました。その一つが「ふきのとう」でした。ふきのとうに関して次のような歌と俳句が紹介されておりました(本学ホームページ「学園草花シリーズ」より)。
さざれ水うねれる岸に蕗(ふき)の薹(とう)
三つ四つ見えて小雨に濡るる
窪田 空穂
蕗(ふき)の薹(とう) 雲の茜は空にのみ
馬場 移公子
小雨に濡れながら、さざれ水がうねる岸にへばりつくように芽を吹き出している蕗(ふき)の薹(とう)は、八つあります。夕日に映えた西方の茜雲の合間から、それが見えますか。
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2010年2月 1日
入学前セミナーが始まりました。
先月末、一般入試A日程の入試がありました。入試本番の季節です。しかし本学ではすでに特別推薦やAO入試で本学への入学が確定している生徒さんたちも多くおられます。
AO入試合格者を対象に、本学独自の「Brush-up and Letters」というプログラムを実施しております。「Brush-up」は、基礎学力の復習・増進を目的としたもので、入学までの間、都合2往復のやり取りによる添削指導によって入学後の学びに備えるものです。また「Letters」は専門分野のトピックスを題材として大学教員とやり取りしながら、専門の学びへの意欲を高める趣旨のものです。
これらはいわば通信教育による入学前セミナーですが、本学では面談教育での入学前セミナーも行っております。今日はその先陣を切って開始された広島工業大学高等学校での入学前セミナーの開講式に出席しました。私は次のような挨拶をしました。
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入学前セミナーは折しも今日から始まったプロ野球のspring campと同じものです。基礎的なことの学びによって筋肉をほぐし、シーズンの開幕に備えるものです。基礎的なことであってもそれを丹念に学ぶことによって力をつけることが目的です。野球で言えば(専門的なことはわかりませんが)、例えばもともとカーブは投げることはできる、しかしこの時期に、改めて直球と比較したりしてそのより効果的な投げ方について研究し、威力を増すようにする、そのようなことです。
1月半ばでしたでしょうか、西部ライオンズに入団した花巻東高校の菊池雄星君が合同自主トレを始めたという報道がありました。本当にうれしそうにランニングや投球をしている彼の姿と笑顔が印象的でした。みなさんと同じ高校3年生です。プロの世界についていろいろ不安がないといえばうそでしょう。しかし彼にはこれから始まる新しい世界や野球に対する思いがそれ以上に強く、あのようにうれしそうな顔になったのでしょう。
英語で、”looking forward”という表現があります。辞書には「期待する」、「首を長くして待つ」と書かれております。日本語では「待つ」という言葉が入っていますが、英語では文字通り「前方を見る」です。雄星君は、プロの世界での晴れ舞台を、”looking forward”、前方に見ているのです。だから、今ランニングや投球練習をする顔があのような顔だったのです。
話は変わりますが、今年の正月、特別推薦で本学に入学してくることが決まっている3人の生徒さんから年賀状をもらいました。長い大学教員生活で、入学予定の生徒さんからの年賀状は初めてのことで、感動しました。それには「本年度は、貴学の学生として自分の目標に向かって努力しますのでご指導よろしくお願い申し上げます」とありました。これからの大学での本格的な学びを前方に見ている、雄星君と同じ”looking forward”の顔(文面)でした。学びへの意欲を高めることは入学前セミナーのもう一つの目的です。
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以上のような挨拶をしました。3月からは広島会場(本学)と松山会場の入学前セミナーが始まります。入学前セミナーは「前を見て、これから起こることを楽しみにする時」。会場は変われど同じ思いでおります。
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2010年1月25日
防災訓練を行いました。
1月19日、午前の授業終了直前の時間帯に、新講義棟三宅の森Nexus21で防災訓練を実施しました。新講義棟は耐震構造の上、防災についても最新・最大の配慮がなされておりますが、何しろ総数約8000席を持つ10階建ての建物です。常時、2~3000名が滞在しております。4月から供用しておりますので、本来ならばもう少し早い時期に訓練を実施すべきでしたが、行事などの関係でこの時期になりました。年末年始をはさんで多忙の中、事務局がよく準備してくれました。
当日は、12時15分、地震が発生し、3階で火災が発生したという想定で実施しました。私は、防災センターからの指示を視察しておりましたが、ハイチの大地震や神戸淡路大地震15年の直後でもあったことから、訓練とは言え、緊張した雰囲気を感じました。教職員と学生諸君の協力もあり、全階から全員退避したのを確認して無事(と言っても変ですが)終えることができました。
訓練に駆けつけていただいた広島市佐伯区消防署の方(本学の卒業生でした)からお聞きしたことですが、何よりも大切なことは日ごろから防災の意識を高めておくことだそうです。そのためには、テレビや新聞などで報道される災害に関心を持ち、自分はそのときどうするか考えること(シミュレーション)がよいということでした。また大災害の時は、消防署は当てにならず、地域ないしは事業所で自衛的に対応することになるということでした。大学もその覚悟を持って対応しなければならないことを改めて思わされました。
ところで、自校教育論の中の「倫理」について、私は「倫理訓練」という表現を使って講義をしております。どんなことであれ、冷静に考えれば、やっていいことか悪いことかはだれにでもわかる。しかし、例えばだれも見ていない、ばれないだろうなどと思う一瞬の思い(災害で言えば一種のパニック)がとんでもないことをさせてしまう。後で考えると、なんと馬鹿なことをとすぐ気付かされる。倫理とはそういうものだ。だから、日ごろから、いろいろな出来事に対して自分ならどうすると考えなさいと話しているわけです。防災訓練になぞらえてそれを「倫理訓練」と言っています。今回防災訓練に参加して、改めて倫理は防災と同じであると思わされました。防災も倫理も、一瞬の冷静な判断ができるかどうか、紙一重の対応の違いが生死を分けるということです。「倫理訓練」はいい表現だと妙に納得しました。
防災訓練を一回したからといって防災が保証されるわけではありません。日ごろから意識を高めておくためにも、これからも折をみて、場所も変えながら実施する予定です。
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2010年1月 6日
あけましておめでとうございます。
2010年の活動が再開されました。と言っても大学は4月が新年ですので、世間の感覚で言えば、「年の瀬が迫り1年のまとめと新年を迎える準備に忙しい」といったところです。
4日の仕事始めでは理事長の新年挨拶がありました。今年から、大学のデネブホールで学園内7つの大学・学校の教職員が集って行われました。また今年は、大学食堂でもちつき大会もあり、雰囲気は、「中期的運営目標」(後述)にうたう「明るさとダイナミックスに満ちた学び空間」そのものでした。

もちつき大会
5日には、新年の教授会が開催されました。私が年頭挨拶をすることになっておりますが、例年、新年度の運営計画の概要を紹介することとしております。運営計画は、正式には「鶴学園中長期的運営大綱に基づく平成22年度の運営計画概要」と言い、大学の次年度計画として理事会に提出し、それに基づいて詳細計画が立てられ予算化されるものです。構成員で共有することが何よりも大切だと考え、例年新年の教授会で説明させてもらっております。
「平成22年度の運営計画概要」は、22年度の運営計画ですが、そのもととなるものとして、「中期的運営目標」を立てております。「中期」とは平成18年度から22年度の5年間を想定しており、22年度はその仕上げの年となります。
「中期的運営目標」では、(1)存在感のある大学として、広義の技術系社会人づくりに貢献、(2)特色ある教育の実施(HIT教育ブランドづくり)、(3)明るさとダイナミクスに満ちた学び空間づくりの三つを基本方針として掲げております。
(1)は、一定数の卒業生数を社会に送り出すことがその内容となっております。質、人数ともに、地域にあって伝統ある技術系大学として社会に貢献するということです。『地域に育てられ、地域に貢献し、世界に羽ばたく』という思いでおります。
(2)は、HIT教育機構を中心として全学挙げての“学びの創造”にかかわり、広島工業大学(HIT)の教育ブランドを作っていくというものです。
(3)は、課外活動および学生の自主的な活動、研究の活性化、そして学生満足度の高い学びの場、気持ちよく働ける職場を内容としておりますので、新年もちつき大会がそれにふさわしい行事だったというわけです。その場では、和太鼓の演奏を伝承するクラブ「鼓遊会」諸君の太鼓演奏もあり、その感を強くさせてくれました。

鼓遊会の太鼓演奏
「平成22年度の運営計画概要」は、教育、研究、大学運営など10項目の多岐にわたりますが、22年度は特に新しい事項として、「創立50周年記念事業の推進」という事項をあげております。平成23年4月1日に前身の短期大学の開学から数えて50年となります。そのための事業の企画及び実施にとりかかるというものです。「ありがとう50年、Nexusきずな」といった想いでおります。
新年を迎えたとは言え、大学にとっては「年末」です。これから来年度受け入れ学生のための入試、また、今年度は特に未内定のまま年を越した卒業予定者の就職等、大学にとって重要な業務があります。皆で力を合わせてやっていこうとお願いして、私の新年の挨拶としました。
週明けには学生諸君もキャンパスに帰り、キャンパスはまた明るくダイナミックスに満ちた空間になることでしょう。それからが新年本番です。
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2009年12月24日
佐伯区との連携協力の調印式がありました。
12月18日、広島市佐伯区役所と広島工業大学との地域連携協力に関する協定書の調印式が執り行われました。佐伯区役所からは重藤吉久区長さま他5名、本学からは私のほか3学部長と事務局次長、そして十数年前から「地域とのコイン通りまちづくり委員会」等を通じて地域の街づくりに関わっておられる菅原辰幸教授(環境学部地域環境学科)が列席しました。
佐伯区は本学にとって文字通り地元です。本学の創設者である鶴襄先生は、ことあるごとに、「本学があるのは地域のおかげ」と言っておられたとのことです。鶴襄先生にとって「地域」とは、地元の五日市町であり、佐伯区であり、広島市・広島県であり、中国四国地方でしょうが、「地元」にはことのほか感謝の気持ちを持っておられたのです。短大(本学の前身)を開設する時、五日市町三宅の地主の方たちに、「私のための学校ではないのです。尊い先祖伝来の土地を手放されることは大変でしょうが、次世代を背負う立派な国民を育てるための教育機関でありますから、どうか一つ、学校を建てることに協力してください」と膝を突き合わせて熱心にお願いしてまわったと記録にあります。
本学は2011年に創立50周年を迎えますが、地域の子どもたちを対象として本学学生がお世話をして開催している「少年少女球技大会」は今年で31回目となります。また「少年少女剣道大会」は30回目となります。鶴襄先生から、「地域のために力になってあげるように」と言われて、菅原先生も五日市のまちづくりに関わるようになったそうです。大学が「地域連携」とかまびすしく言い出し始めたのはここ10年くらい前からのことです。本学の地域連携は、開設当初からの「地域のおかげ」、そして教育方針の「社会に奉仕する」によるものなのです。
調印式が行われたのは本学の新講義棟「三宅の森Nexus21」でした。「三宅の森」は、開学当時森であった大学の所在地、佐伯郡五日市町三宅のことです。建学の初心です。「21」は21世紀の人材です。その二つを「Nexus」する(つなぐ)場所という意味です。調印式の後、卒業研究としてまちつくりの研究に取り組んでいる平田ゼミの学生たちがテレビのインタビューを受けていました。何のことはない。「次世代を背負う立派な国民を育てる」という「三宅の森」と、21世紀を担う学生たちは、佐伯地域を舞台に50年も前からつながれているのです。調印式はその確認だったのです。
「ありがとう50年、Nexus・きずな!」。そんな思いが去来しました。
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2009年12月18日
ラジオ番組に出演しました。
12月15日、FMはつかいちの“JCDキャロットラジオ”(以下キャロラジ)に出演しました。この番組は、毎週火曜日夕方6時半から7時まで、女子学生キャリアデザインセンターのメンバーが企画、取材、出演交渉、台本作成等、そしてパーソナリティまでも担当してOn Airするものです。今年は7人のJCDメンバーが担当しました。それにゲストとして出演したということです。ちなみに“キャロット”は、女子学生キャリアデザインセンター(略称JCDセンター)のシンボルカラーのことです(ここではJCDに関係する箇所をキャロット色にしてみました)。
私は昨年に続き2度目の出演でした。3ケ月前、キャロラジがスタートした時、JCDセンターの吉野真理子さんが、キャロラジについて本学ホームページの「女子キャリ!ブログ」で次のように書いています。「自分たちが考えた企画で、自分たちのおしゃべりが公共の電波に乗るのだと考えると、緊張したり、責任の重圧に押しつぶされそうになったり……。だけれど、仲間と一緒だからこそ、ここまでこぎつけることができました。まだまだ初々しいメンバーだけれど、3か月後にはどんな風に成長しているでしょうか。楽しみです」と。
12月15日は最終回前の放送で、吉野さんの言う「3ヶ月後」に当たります。女7人衆は、臨場感あふれるナマ放送のスタディオで、もたもたしている私を尻目に、マイクに向かって実に堂々と、30分番組をこなしていました。SPI試験があったため、ぎりぎりの6時20分に局入りした「いその(ラジオネーム)さん」(工学部 建築工学科3年)も、何もなかったかのようにマイクに向かっていました。私は、「3か月後の楽しみ」を実感させてもらうために出演したようなものでした。私は放送の中で、「日本では『女子だから技術系ではない』という刷り込みのようなものがあるように感じられます」と言いましたら、「くーちゃん」(環境学部・環境デザイン学科3年)が、「そうですね。私はお母さんに『何故工業大学なの?』と聞かれました!」というエピソードを披歴してくれました。今はお母さん、どう思っておられるでしょう。
本学では、企業現場でのインターンシップや海外の大学での学びなど、キャンパスの外で行う教育を、「外が学び」プログラムと称して力を入れております。「外」は若者の成長の機会となります。キャロラジは「外が学び」そのものです。私は、「3ヶ月後」の彼女らを見て、JCDセンターとその活動は明日の広島工業大学のショールームだと確信できました。いや、明日の日本の技術社会のショールームかもしれません。
私も少しは成長しなければなりません。

スタディオに勢ぞろいした女7人衆
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2009年12月 7日
8人が72人になって-瀋陽航空工業学院留学生の修了式がありました
瀋陽航空工業学院留学生8名に修了証書を授与しました。9月10日から3ヶ月間、ゼミに所属し専門の授業を聴講する傍ら、日本語III、IV、日本語演習I、IIの単位を取得しました(正確には、機械電気工程学部の馬君は専門の試験の関係で一足先に帰国していましたので7名に授与しました)。「日本語はいずれも上級なので、さらに力をつけるのが厳しくなる中、よくがんばった」とは担当いただいた木下先生の講評でした。
送別会で隣り合わせた蹇(ケン)さんは、エネルギーの塊のような学生さんで、私のもう一方の隣の席を指さしながら、「学長先生の隣に座りなさいよー」と本学の学生に声をかけていました。「ゼミは楽しかった」という会話は、「何々けー」という本学の学生より、“正しい日本語”でした。
私が何よりも感動したのは8人の彼らが72名の本学学生を巻き込んだことです。修了式で私は7人に向かって、「みなさん後を振りかえってください。みなさんの留学がこんなにもたくさんの広島工業大学の学生を巻き込みました」と言いました。檀上に向かって最前列に7人が1列に並び、その後に本学の学生70余名が座っているのです。「8人が72人になって」はその光景です。写真は2度に分けて撮ったものの一つです。司会の学生は、「今回のことが契機となってゼミのなかで中国に興味を持った人がいる。また中国への関心が高まった」と話しておりました。

瀋陽航空工業学院留学生修了式(2009年12月7日)
つい先週瀋陽への留学から帰ったばかりの土江さん(建築工学科4年)と市川さん(知的情報システム学科4年)も送別会に参加しました。土江さんの中国語を市川さんが日本語に通訳していった挨拶の結びは、「みなさん、瀋陽航空工業学院にいらしてください」という本学学生への呼びかけでした。
来た者も、迎えた者も、そして出かけた者も、みな若者。若者にとっては3ヶ月は何年にも相当する時間であり、その経験は関わった一人ひとりを大きく成長させたのではないでしょうか。私はこんな若者に囲まれていることを嬉しく思いましたし、また誇りにも思いました。広島工業大学が取り組んでいる「中国語ならちょっとはできます技術者育成プログラム」に一層力を入れたいという思いをさらに強くさせられました。
このプログラムは、3年前、本学から浜崎君を送り、瀋陽からは徐さんを受け入れるという試行から始まりました。中国語担当の中島先生と国際交流センター長の山下英生先生の5人で、大学の近くのレストランで歓送迎昼食会をやったことを思い出しました(学長日記2007.10.30「「外が学び」の志士たち」 )。当時、学生の2人には、「よくぞ行く決心をしてくれた」、「よくぞ来てくれた」という思いでした。
このプログラムの次のステージに向けて、さらに充実させることを検討しております。
追記
今回は、途中で司会者が「サプライズです」といって正面のスクリーンに映し出された画像は一足先に帰った馬君でした。本学からの派遣留学生指導のために今年から始めたスカイプ(インターネットによるテレビ電話)を利用した遠隔交流で、瀋陽に滞在中の学生ともスカイプで話し合いました。今回の馬君との交流も臨場感抜群でした。
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2009年12月 4日
認証評価の実地調査を受けました
12月2日と3日、認証評価の実地調査がありました。
学校教育法では、すべての大学、短期大学および高等専門学校は、その教育研究水準の向上に資するため、教育研究等の状況について自ら点検及び評価を行い、その結果を公表することになっております。同時に、7年間に1度、文部科学大臣の認証を受けた機関による認証評価を受けることになっております。
この制度が制定されたのは平成16年ですが、そのころ本学では、平成18年度からの導入を目指して「教育改革18」に取り組んでおりました。情報学部を新設し、3学部とする組織改編も検討しておりました。そのため、認証評価は、新しい教育体系が一巡をする平成21年度に日本高等教育評価機構の審査を受けることとしておりました。随分先のように思っていましたが、その実地調査があったということです。
認証評価の審査では、指定された項目(建学の精神・大学の基本理念及び使命・目的、教育研究組織、教育課程、学生、教員、職員、管理運営、財務、教育研究環境、社会連携、社会的責務)について事前に提出した報告書をもとに書面審査、そしてその後、実地調査が行われます。不適切な事項に対しては、「改善を要する点」ないしは「参考意見」として指摘を受け、大学はその改善に努めなければなりません。
実地調査では、教職員だけでなく、卒業生及び現役学生もインタビューを受けました(この席には教員は同席しません)。私も2日間、聞き取りの対応をいたしましたが、多岐にわたる質問がありました。いくつか改善の要請もありましたが、おおむね基準をクリアしていたのではないかと思います。この審査は、もともと、大学の教育研究水準の向上に資するために行っているものですが、その意味で貴重な指摘やアドバイスも多く戴きました。また教養教育の検討や学生相談体制の整備など、来年度の運営計画として取り上げ、既に理事会でもその取り組みが承認されていることについての指摘もいくつかありました。今回の審査結果は年度末に公表されますが、最終の審査結果もさることながら、このたびの審査により、本学の教育研究水準の向上のために不断の取り組みが必要であることを改めて実感させられたことは意義深いことでした。
少し硬い話になりました。「(ヒアリングを受けた)学生さんは大変よかったですよ」という感想を耳にして、ほっとすると同時に嬉しく思いました。
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2009年11月17日
就活が始まりました。
11月10日の企業懇談会大阪会場を皮切りに3年生を対象とした就職活動の公式行事が始まりました。景気回復の兆しが見え出したとはいえ、雇用ではなお厳しい中でのスタートです。今年で5年目になる東京就活フライト(正式には東京就職活動支援フライトと言っております)も、13・14日グループと14・15日グループの2グループに分かれてそれぞれ50人の定員で実施しました。
大阪の企業懇談会には161社・206名に参加いただきました。11月24日に予定されている広島での企業懇談会には346社に参加いただく予定です。多くの企業から参加いただいて感謝です。そもそもこの企業懇談会は、日頃から卒業生の採用でお世話になっている企業の方々に大学が謝意を表する趣旨のものですが、時節柄どうしても採用のお願いごとになりました。本学とお世話になっている企業との情報を互いに共有する場としても位置づけており、広島会場では全教員に出席してもらうこととしております。
東京就活フライトでは、夕方、ホテルでOBとの情報交換会そして懇親会が行われます。私は第1グループの懇親会に顔を出しましたが、8人のOBが参加してくださいました。写真は懇親会終了後の集合写真です。卒業生が毎年こうして後輩のために参加下さることは有難いことです。私が「学長面」のできる若い世代のOBも参加してくれていました。学生諸君は先輩の苦労話と激励を神妙に聞いておりました。
「人には出自(出所、生まれ)というものがある。それは自分で選んだことではない。また生まれた国、時代、育った社会がある。これらも自分の意思とは関係なくいわばめぐり合ったことである。君達は就職が厳しい時代にめぐり合った。君達が悪いわけではない。君達が努力していなかったからでもない。めぐり合わせなのである。しかし、その中で、どのように『責任的』に生きるか、それによってその人の真価が問われる。こういう機会を成長する機会と理解してやっていこう」と私は学生諸君に話しました。
懇親会の場では、テーブルの学生に「1人1分、今日の宮原先輩の話を聴いてどう思ったか自分の言葉で話せ」と難題を出してしまいました。8人だったか、皆、具体的に話してくれました。それに宮原先輩が個別にコメントしてくれていました。
1日の東京体験で人間変わるものではありません。しかし見聞を広げることによって、あるいは刺激を受けることによって、可能性の芽が出たのではないでしょうか。
同じ趣旨で大阪就活新幹線が11月28日に予定されています。ここでも可能性の花が咲くことを期待しております。
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2009年11月 3日
「産学連携実習」の最終報告発表会
10月29日、標記発表会が開催されました。「産学連携実習」とは、夏休み中の約1ヶ月、3年生の学生を企業に派遣し実習を行うプログラムです。実習とともに前後7回にわたる事前事後学習に出席して単位を取得します。発展学習トラックに開設されている授業科目ですので、所定の条件を満たしている学生に受講資格があります。当日は、派遣学生全員と本学教員のほか、受け入れ企業8社・13名の参加があり、5時から7時半まで行われました。
いつだったか大相撲千秋楽の表彰式で、当時の小泉首相が、優勝した貴乃花を祝福して、「感動した!」という名せりふを言ったことがありました。発表会の最後に突然、「学長、一言感想を」と司会者からふられた私は、思わず小泉元首相のこのせりふを発してしまいました。小泉元首相の場合、前日負傷したひざの痛みの中で戦った本割と優勝決定戦を目の当たりにして、あの名せりふが出てきました(正確には「痛みに耐えてよく頑張った。感動した。おめでとう」でした)。当日、私は何を見たか。
一つは学生諸君の発表でした。14名の学生は、自分で定めた目的・目標、実習内容、成果・提案について発表しました。途中参加の私は10名の発表を聞きましたが、みな自分の言葉で生き生きと自信を持って発表しておりました。事後学習での指導の教員や職員の指導があってのこととは思いますが、8月6日の事前学習最後の発表会(「決意表明発表会」と言っております)での「借り物」とは雲泥の違いでした。その違いは、「自分で経験したこと」が「発表したい」という思いを生んで、自分の言葉で語らせたのでしょう。私は、「1ヶ月でここまで成長するか」と思わされました。内部に秘められていたマグマが一気に爆発したような印象で若者の持つ可能性を目の当たりにしたのです。
この教育プログラムは2004年3月に5名の4年生を“試行的”に企業に派遣したことから始まりました。技術分野での大学教育を飛躍的に充実するものとして、現場体験に優るものはないという考えによります。2008年度、18年度カリキュラムの発展学習トラックの正式授業科目として実施されることになりました。このプログラムでは、学生の問題意識をできるだけ高めて派遣することが必須です。そのため、当初は4年次の春休みに実施しておりました。就職先として意識した企業研修でもありました。つまり、自分が行きたいと思う企業で研修し、「この社長さんのために、そしてこのような会社で働きたいと思うかどうか、仕事をやりながらよく見てこい」、ただその間、「君も見られているぞ」と話して送り出しました。そのようなこともあって、当時は、「派遣」という認識で、直前の報告会も、確か、「決意表明壮行会」と言っておりました。最後の報告会で、「良くぞ生きて帰還した」と学生諸君に言ったことを思い出します。
当日の報告会には、お忙しい中を、実習中お世話になった9社から13名の方々に参加していただきました。一人一人の発表にお世話いただいた企業の方からコメントがありました。企業の方の一言は、教員の百言に相当します。それは産には「現場」があるからです。学の「実験室」での体系的・基礎的な学びと産の「現場」の協働は、これからの技術者育成には不可欠であるというのが技術者教育に対する私の考えです。それを「教育における産学連携」と言っておりますが、正式には、“Cooperation Education”と言います。この教育の実践には企業の理解と協力がなければできません。われわれのそのような考えに賛同し、学生を受け入れてくださり、なお最後の報告会にまで協力してくださった企業の皆さんを目の当たりにしました。これが「感動」の二つ目の理由でした。
3年生920名のうち、発展学習トラックを選択している者は103名です。その中の手を挙げた14名の教育でした。大海に投じたささやかな“十四”石です。しかし、こんなにまで若者を変えてくれたこの教育プログラムから確実に明日の技術者が生まれていくことでしょう。
それにしても小泉元首相のワンフレーズは、けだし名せりふだと改めて思わされました。
「良くぞ生還した」”十四”銃士たち
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2009年10月16日
保護者の皆様とのNexus--教育懇談会
10月10日、広島会場(本学)での教育懇談会が開催されました。台風一過の快晴に恵まれ、302名の方々の参加がありました。全体説明会と講演会は新講義棟「三宅の森Nexus21」のデネブホールで行われました。新講義棟に初めてお越しの方もおられたことから、名称に込められた思いについて以下のような説明をいたしました。
本学は、三宅地域の一角の森を切り開いて産声を上げました。そのときの志を「三宅の森」という表現に託しております。それは建学の精神「教育は愛なり」であり、また教育方針「常に神と共に歩み社会に奉仕する」でした。「Nexus」は「絆」「つながり」と言う意味ですが、その初志を21世紀の教育につなげるという思いをこめているのです。「Nexus・絆・つながり」には、時空間のつながりだけでなく、社会と大学のつながり、そして保護者のみなさまと大学のつながりという意味もこめられております。そのようなつながりを大切にしていきたいということです。
10日は、工大祭の初日でもありました。保護者の皆さまには、学内を回っていただき学科展をみるなど本学の雰囲気を肌で感じていただくこともお勧めしました。私もあちこち見て回っていたのですが、一人の保護者の方から、「学長先生、私は3年前オープンキャンパスの時先生とお話をさせていただきました○○です」と声をかけられました。「本学に入学されたのですか。その後どうしていますか」とお聞きしましたら、「ゼミ配属があり、○○ゼミで張り切ってやっております」とのことでした。3年前のオープンキャンパスでは受験生の保護者としてお会いし、今度は本学の学生の保護者としてお話ができるという素晴らしい体験をさせていただきました。保護者の方々とのNexusです。
似た話は多くあります。これは本学職員の話です。地元で開催された進学相談会に親子で相談にこられたのが最初の出会いでした。他大学とも迷っていたそうですが、本学進学を決め、下宿探しにつきあったのが仲良くなったきっかけだったそうです。息子さんは、教育懇談会の際行われたUターン就職会で出会った企業に就職したそうです。その保護者の方とは息子さんの卒業後もお付き合いが続いており、その土地を再訪した時に保護者の方と一緒に作った焼き物の完成品を、工大祭に顔を出した息子さん(卒業生)が届けてくれたそうです。これも保護者の方々とのNexusです。
3日に開催された福山会場では、「昨年、岡山会場でお話しをさせていただきました」という保護者の方がおられました。嬉しく思いました。われわれにとって、1年は1年ですが、成長期にある学生諸君にとって1年は何と重く大きな時間でしょう。
教育懇談会は今月いっぱい続きます。今週末の17日は周南、北九州、24日は神戸、岡山、三次、徳島、そして31日は松山、松江で開催されます。岡山、松山、松江ではUターン就職の懇談会も開催されます。1日の個別懇談だけでなく、大学とのつながりを密にするきっかけになればと願っております。これからのお申し込みも可能かと思います。どうぞ足を運んでください。
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2009年9月24日
新学期が始まりました
9月24日から、後期が始まりました。静かだったキャンパスに学生の姿がまたあふれるようになりました。びっしり学生を乗せたNexus21(新講義棟)のエスカレータも、休み中の1人2人を乗せた雰囲気とは異なり、心なしか重そうに見えました。オープンキャンパスやワクワクモノづくり作戦など学外地域の方々との行事、そして学生の行事など、夏休み中のキャンパスがにぎわうこともしばしばありましたが、新学期にはかないません。お子さんが広島に戻り淋しくなられたご家庭もあろうかと思いますが、やはり大学ははたち前後の若者が塊のようにいてナンボの空間であることをあらためて知らされております。
今朝もラーニングコモンズに立ち寄りましたら、若者同士が机を囲んで何か話し合っていました(写真1)。夏休みの話か、後期の授業の相談か、はたまた久しぶりの呑み会の相談でしょうか。昼休み、新1号館15階からNexus21に出入りする学生の姿を眺めていて、ふと、それぞれの夏休みに何があったのだろうかと考えてしまいました。きっとそれぞれ成長しての新学期へのカムバックでしょう。
(写真1)夏休み明けの朝のラーニングコモンズ光景
夏休み中に、大学への進入路の拡幅と整備をいたしました。植栽はもう少し涼しくなってから行うことにしており工事は完全には終わっておりませんが、すっかり見違えるようにきれいになりました(写真2)。手前が公道になります。左手の奥の白い建物が新1号館、さらに左手の電柱の後にある建物がNexus21(新講義棟)です。左側の歩道に沿ってずっと奥まで続いている塀状の囲いは駐輪場です(写真3)。今日もかなり駐輪していましたが、立体収納台が備えられており500台収納が可能です。進入路手前の右側の公道に面した場所には100台収納のバイク置き場が設置されます。この方は植栽も関係しており、まだ工事中です。
見違えるような環境になりました。今年の夏休み明けの新学期は、このようなこともあって、私も新鮮な気分になっております。
(写真2)進入路
(写真3)500台収納駐輪場
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2009年9月18日
保護者のみなさまへ。後援会三役会が開催されました
9月15日夕、広島工業大学後援会三役会が開催されました。広島工業大学後援会は、本学に学ぶ学生の保護者の方々で構成されているいわば保護者会です。大学は、後援会から学生のもろもろの活動に対して、有形無形のご支援を戴いております。三役とは、会長、副会長、監事のことですが、当日は、原会長、藤堂副会長、迫田監事、八田監事、横山監事のほか前年度の峯川会長、坂田監事も出席されました。大学からは、私をはじめ関係者8名が出席いたしました。
後援会の総会は、毎年入学式の後開催されております。今年度は700余名の出席がありました。当然のことながら、出席者のほとんどが新入生の保護者です。「在学生の保護者も出席しやすいようにすべきでは」という意見があり、他の開催形態を検討しました。しかしながら、なかなか名案もなく、現実的なやり方として、各地で開催される教育懇談会の場で役員が後援会の活動報告をすることとしております。
私はこれまでのご支援に対するお礼を含めて次のような挨拶をしました。
・原会長のもとで今年度の活動が始まっているが、大学とも連携を密にしてやっていきたい。大学としては、学生の自主的な活動をこれまで以上に奨励していきたい。この種の活動に対してこれまで同様のご理解とご支援をいただければありがたい。
・後援会は保護者会であるが、保護者は大学の“ステークホルダー”(利害関係者)である。大学の教育および運営についてみなさまのご意見をいただく場でもある。広島工業大学をよりよい大学とするために、大学に対するご意見をいただきたい。
今回の役員さんは、原会長の他はすべて新任の方々であったこともあり、懇談会では、大学そして子どもさんたちの教育、大学での勉強の状況について多く語り合いました。おひとりの方が、「私は職人的な仕事に就いたので大学には行っていない。息子が大学に行くようになって大学がどういうものか知ることになる」と挨拶されました。この方にとっては、広島工業大学は大仰に言えば日本の大学を意味するのです。「広島工業大学に入れてよかった」ということが「大学に入れてよかった」ということになるのですが、その逆もあるということです。このご挨拶をお聞きして、私はこれまでとは異なる種の責任を感じました。
また、他の方から、「先生のブログを読んでおります」と言われました。本学ホームページにアップしております学長日記のことです。本学の担当者からは、日ごろから、ブログは保護者の方が読んでいるのできちんと寄稿するようにと言われております。この方の発言をお聞きして、大学で起きていることを間髪入れずに保護者のみなさまにお知らせすることの重要性を改めて知ることとなりました。これからは、きちんと寄稿する決心をしました。「きちんと」とは定期的にという意味です。
今年の教育懇談会は、こちらのページの日程で開催されます。私ども大学関係者も総長、学長補佐、研究科長、学部長が手分けして参加することとしております。私自身、これまで多くの保護者のみなさまにじきじきお会いし、本学の教育、子育ての心配、果ては自炊についてまで、色々と懇談させていただきました。楽しく意義深い機会でした。開催地の数は限られていますが、ご都合をつけて是非ご出席いただき本学教員と直々懇談いただければと思っています。
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2009年9月11日
平成21年度前期末卒業式を終えて
平成21年度前期末卒業式を終えて
本日、三宅の森Nexus21の10階スカイテリアで、今年度前期末卒業式がありました。9名の諸君がめでたく卒業されました。以下は、はなむけの言葉として贈った私の挨拶です。文中の「社長」は本学アドバイザリーボード委員の中電工社長細田順弘さんです。
「目を真っ直ぐ向けて」
ご卒業おめでとうございます。保護者のみなさまにはご子女のご卒業に心からお喜び申し上げます。今日は、3月の卒業式と違って、みなさん一人一人に卒業証書を直接渡すことができ、嬉しく思っております。
本学に、外部の方から本学の活動についてご意見を戴く委員会があります。先日開催された委員会の最後に、本学に望むことが何かありましたらご提言くださいとお願いしましたところ、ある企業の社長さんが、「目が真っ直ぐ向いている学生さんを育てて欲しい」とおっしゃいました。単純明快で短い言葉ですが、「目を真っ直ぐ向けて」、この言葉をみなさんに贈りたいと思います。
皆さんは岩崎弥太郎という名前を聞いたことがあるでしょうか。三菱財閥の創始者です。そのお孫さんの澤田美喜さんは、外交官の奥様だったのですが、第二次世界大戦の後、神奈川県の大磯町にエリザベスサンダースホームという児童施設を作り、混血孤児を預かり育てました。多くの混血孤児が劣悪な状況におかれていたのです。遠足に出かけた時のことです。東京駅のホームに降り立った子供達はみな下を向いていました。澤田さんは「何故みんな下を向いているの!顔を上げて!」と言ったそうです。混血児に対して強い差別がありました。見るからに混血児とわかる子供達は、施設にいるときは元気でも、多くの人が行きかう東京駅ではなんとなく下を向いてしまったのでしょう。社長さんが「目が真っ直ぐ向いている学生さんを育てて欲しい」と言われたとき、私は澤田さんのこのエピソードを思い出しました。
私はジョッギングをするのですが、NHKの「ためしてガッテン」を見ておりましたら、「ジョッギングでは少しあごを出し気味にして上向き加減で走るのがよい」と専門家の方がアドバイスしておりました。普通「あごを引く」は運動の鉄則ですから、私はあごを引き気味で走っておりました。ただ、疲れてきますとどうしても下向きになります。ひどいときには真下を向いて走っているときがあり、狭い歩道で前から来ている人に気づかずにぶつかりそうになったこともあります。あごを出し気味にして上向き加減にして初めて、目を真っ直ぐ向けている状態になることがわかりました。人は恥ずかしくても下を向きますが、疲れても下向きになるようです。
以来、私は歩くときも上向き加減で歩くようにしております。本学のテニスコートの横に階段があります。私の通勤経路ですが、59段あります。私の観察によれば、階段を登る人は10人が10人全部下を向いて登っています。下を向いて階段を登っていますと、見えるのは階段の水平面(上面)ばかりです。登っていても階段の上面だけが次々と続きます。ところが上向き加減で登りますと、垂直面(前面)だった階段がそのうち水平面を見せるようになります。垂直面から水平面への変化は、階段を登るときの私の気持ちを少し変えてくれたように思います。階段を登っているときだけでなく、普段の視界や私の見る目も変わったように思います。澤田美喜さんがなぜ子どもたちにあのように言ったのか、そして社長さんがなぜ「目が真っ直ぐ向いている学生さんを」と言ったのかわかるような気がしております。
ところで、階段には途中水平の部分が広くなった踊り場といわれる部分があります。踊り場の垂直面も下から見ると他の階段と全く同じに見えますが、登っていきますと、水平面の角が見え始め、徐々に幅が広くなり、最後には他の階段と違って1メートルほどの水平面となります。長い階段の途中にある踊り場の本来の目的かと思いますが、一つの区切りにたどり着いたような感覚を覚えます。
みなさんの中には、明日からすぐ社会に出る人もおれば、これから就職活動をする人、3月まで研究生となって研究を続ける人あるいは一旦家に帰る人など、さまざまかと思います。今から6ヶ月後の4月を明日から登り始める階段の最初の踊り場と設定するのはどうでしょうか。どんな踊り場とするか、4月までの目標です。先に就職した連中をキャッチアップすること、就職し働き始めていること、あるいは大学院に入学していること、新たな資格取得に挑戦していることなどいろいろあろうかと思います。目を真っ直ぐに見据え、垂直面が水平面に変ることを1段1段確認しながら登りますと、踊り場が水平面を現してきます。その後に続く1年後、さらには3年後をどんな踊り場にするか描いてください。
みなさんが過ごされた広島工業大学での日々、そしてそこで学んだことが、これからのみなさんの人生の中で折にふれて思い出され、それが社会での活力の源となることを願っております。「目を真っ直ぐ向けて」歩いてください。
船出のはなむけの言葉といたします。おめでとうございます。
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2009年8月24日
高大連携の変わった試み
去る8月22日(土)と23日(日)、高等学校で教員として働いている本学卒業生を招いて、「本学出身者の高等学校教員との懇親会」が開催しました。かねてから計画していたことですが、このたびようやく実現しました。1日目は、本学の近況説明、参加の先生方から提供された話題をもとにした座談会、そして夕方の懇親会がもたれました。2日目は、施設見学が中心のプログラムでした。延べ19名の参加がありました。本学からは、学部長、研究科長、学科主任そして各部の部長ら26名が参加しました。
私は開会の挨拶で、「最近の大学は、みなさんが在学した時代の大学とは大きく様変わりしています。それはひとり本学だけでなく全国すべての大学でそうだと言ってよろしいかと思います。本学を知ることによって最近の大学のことを知るいい機会としてください。われわれも高等学校の現場を知っているようで十分知っているわけではありません。勉強させてください。高校と大学の教育を理解し連携するためのいい機会としたい」と申し上げました。
参加者全員の自己紹介で始まった座談会では、高大連携をもっとやること、本学卒業生の就職に関する情報の公開について、また学生の人間としての教育・スキルアップの重要性などについて意見交換がなされました。中には当時は教育学習支援センター(学習歴により十分準備のできていない科目や授業を聴いても理解できなかった内容について個人指導を受けるセンター)のようなものはなかったので、自分は人より長く在学したという“エピソード”も紹介されました。ただ、「そのような時、○○先生には本当に熱心に個人指導してもらった」という嬉しい秘話も披露されました。
人間としてあるいは社会人としての教育については、先般開催されたアドバイザリーボードでも学外委員からもその重要性の指摘を受けました。いまは、日本のあらゆる場面でそうしたことが欠如しているのでしょう。ただこれは学校教育の最後にあたる大学だけで対応しきれるものではありません。学校教育全体で取り組むものです。それなればこそ、入試という点接触ではなく、せめて面接触の高大連携が必要となります。出前講義や入試説明といったレベルから、情報の共有による教育そのものにおける高大連携がこれからの課題だと改めて思わされました。
懇親会ではなお親密な意見交換ができました。本学でも教員養成にもっと力を入れて欲しいという意見をもらいました。その方は具体的には数学とおっしゃっていましたが、本学ではいま理科の申請を行っております。本学OBの高校教員 という大学・高校の両方に通じている方々との交わりの中から、高大連携の新しい取り組みの予兆を感じました。
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2009年8月 8日
みなさんはデネブ
8月8日、「ワクワクものづくり大作戦」が開催されました。地域の小学生を対象に本学の学生や教職員の指導のもとでものづくりを体験してもらおうという趣旨で開催しているものです。今年は5回目になります。
今年も抽選になり、定員いっぱいの190名の参加がありました。保護者の方々や兄弟、そして抽選に漏れた人も含めて、開会式が行われた600名収容のデネブホールはほぼ満杯でした。たまたま外で会った5年生の男の子のお母さんは「3度目の正直で今年は参加できました」と言っていました。きっと昨晩から明日はどんなものを作るのだろうか、あるいはうまく作れるだろうかと考えて、ワクワクしながら大学に来たことでしょう。デネブホールに集った小学生を見て、私もワクワクしました。会場の名前である“デネブ”のことが思い出されたからです。
「今日はワクワクものづくり大作戦にようこそおいでいただきました。みなさんはいまワクワクしていますか?ワクワクしている人は?」と手をあげさせたら、本学の学生もあげていました。「実は私もワクワクしています。どうしてでしょう。この教室の名前をデネブホールといいます」。「デネブって知っていますか」と聞いたところかなりの手があがりました。「デネブは白鳥座の星の名前です。七夕様の織姫と彦星とで、天の川をまたぐ夏の大三角形を作っています。デネブは宇宙で最大級の明るさをもっているのだそうです。何でもデネブが1日で放出するエネルギーは、太陽が140年かかって放出するエネルギーに相当するということです。このデータは今インターネットで確認しました。140年というと明治維新の時からになりますね。明治維新の時から太陽が出してきたエネルギーをデネブは1日で出すというのです。そんなにすごいエネルギーを出している星なのに、地球から見て一番明るい星はシリウスです」。「シリウスを知っていますか」と聞くと、デネブより多くの手があがりました。「デネブが一番大きな星なのになぜ一番明るくないのでしょう。それは、シリウスと地球の距離は8.6光年、デネブと地球は1500~3200光年だからです。これもインターネットで確認しました。約200倍くらい遠いことになります。もしデネブが東京にあるとすると、広島・東京の距離は約900kmですから、シリウスは、その200分の1の4.5kmのところにあることになります。4.5kmというと、五日市駅からですと西広島駅くらいでしょうか。下りなら宮内駅まで行かない距離ではないでしょうか。デネブは東京、シリウスは西広島にあるのです。だからデネブは大きくてもシリウスほど明るくないのです」。
「ここにいるみなさんはみんな小学生です。ですから、いまはそんなに明るくはないかもしれません。しかし、みなさんはひょっとしたらデネブのように想像もつかないくらいの大きなエネルギーを持っているかもしれません。そう思ったものですから、私もワクワクしているのです」。そして、「宇宙にはデネブは1個しかありませんが、ここには190個のデネブがあります」と言って挨拶を結びました。
私は各会場を回って、“デネブ”たちの奮戦ぶりを見学しました。私までワクワクした楽しい1日でした。
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2009年7月22日
第1回オープンキャンパス
この日曜日、7月19日、本年度の第1回オープンキャンパスがありました。今年から新講義棟を中心に開催したこともあって、1階ロビーの受付を始め、なごやかなうちにも、各会場ともこれまでになく緊張した雰囲気でした
全体説明会が行われたデネブホールも同様でした。私も緊張しながら開会の挨拶をしました。「みなさんはこれまでパンフレットや進学雑誌あるいは進路ガイダンスの説明などによって本学のことを知ったことと思います。今日は、その広島工業大学を自分
の目と耳で実際に確認してください。何を確認するか。教育の内容、環境、そして人です。これらは教育の3要素です。教育の内容、それは何が学べるかです。学科巡りによって自分の学びたいことがあるか確認してください。まだ学びたいことがはっきりしていない人は考えをまとめる機会としてください。環境、それは教育を行うこの建物や研究室です。そして人。人は3つの中でも最も重要なことです。先生方と職員、そして今学んでいる先輩の方々です。じきじき話かけて、広島工業大学の人たちがどんな人か、果たしてこれからともに学ぶにふさわしい人たちか、確かめてください。そして、今日は皆さんが広島工業大学を面接して採点してください」というようなことを申し上げました。今年は昨年にも増して保護者の方々が多く見えていたようでした。保護者の方々には、「ご子女を託するに値する大学であるかどうか確認ください」と申し上げました。
「学長カフェ」は、これまでの屋外テントから冷房つきの3階に変わりました。しょうしゃなレンガ模様の囲いが設けられ、一層カフェらしい雰囲気になりました。新装なったカフェで私は店番をしたというわけです。
たまたま8人ぐらいの生徒さんが居合わせたときがありました。これくらいの人数に同時に対応するとなると工夫を要します。「みなさん、行きたい学科が決まりましたか。もし決まっていたら、入試での面接の練習のつもりで、行きたい理由をみなさんにわかりやすく説明してください」と一人一人に話してもらいました。教師特有のとっさの“知恵”です。「やってみたいとか、好きだとか、だれでも言える言葉でなく、こうだからやってみたいなど、自分の言葉で具体的に説明することが人の心をつかむことになるよ」と”入試面接秘策“を伝授しました。「彼女を口説く時もそうでしょ」とも言っていますので、”入試秘策“の雰囲気ではなかったかもしれません。ただ、「自分の考えを端的に自分の言葉で述べることは大学生になっても大切で、就職の面接でも重要なのだよ」と話すとうなずいてくれました。
社会人2年目の2人のOGが、「私たちでもいいでしょうか」と言って立ち寄ってくれました。確かマツダと建築設計事務所に勤めていると言っていました。「社会人2年生、どうですか?」ときくと、「なかなか大変です」と、折からの不景気がらみゆえの大変さと技術者・専門家としての大変さを述懐してくれました。卒業生には、「広島工業大学は皆さんの母港です」と私は日ごろから言っているものですから、二人は、「母港」に停泊し、次の航海の準備のひと時を過ごしてくれたように思えました。「じゃ元気でね」と言って別れましたが、心の中では「わざわざ顔を出してくれてありがとう」とも言っていました。高校生とは一味違った内容の濃い懇談のひと時でした。
今年は学長カフェの向かいにJCDセンターの相談コーナーが店を開いておりました。「JCD」とは「女子学生キャリアデザイン」の省略ですが、そのセンターの幹事の諸君が女子高校生に本学のような大学で女子学生として学ぶことについて自分たちの経験をもとに話してくれました。こちらが暇そうにしているときも、次から次と来客があり、大盛況でした。現役学生があんなに熱く語ってくれているのを間近に見て、「来年は女子学生がぐっと増えているかも」と一人嬉しくなりました。しかし、「いや来なくてともいい。彼女達があのように語ってくれただけで十分だ」と思い直しました。
3時半、帰りのバスが出発し、オープンキャンパスは無事終わりました。今年も売り上げゼロで儲けのないカフェでしたが、次のオープンキャンパスでも、また初々しい高校生に会えと思うと今から楽しみです。第2回のオープンキャンパスは、8月30日(日)です。
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2009年7月11日
チャレンジ3年目
本学にHITチャレンジというプログラムが動き出して今年は3年目になります。7月7日の夕べ、その選考のためのプレゼンテーション(申請内容の説明発表)がありました。今年は9件の申請がありました。
HITチャレンジは、自主性、協調性さらには問題解決能力を身につけることを目的として、学生が自主的に企画立案したプログラムを実施するものです。興味のある学生がグループで申請し、プレ
ゼンテーションにより審査し、採択されたものについては、経費の全額または一部を大学が補助します。大学生活で「こんなことをやってみたい!」という思いを実現できる制度として実施しているものです。
7月7日にその発表会がありました。その日は七夕で、午後3時から夕方7時半にまで及ぶ予定になっていたものでしたから、終わった後皆で星を見る会をしてもいいかなと思ってしまいました。あいにくの天候で実現しませんでしたが、新校舎食堂の屋上の芝生は絶好の場所です。ただ、発表があった大教室が “デネブホール”ということもあって、私は開会の挨拶で次のようなことを話しました(正確ではありませんが)。
「今日は七夕です。おり姫とひこ星が天の川を越えて1年に1度逢うという日です。おり姫はこと座のべガ、ひこ星はわし座のアルタイルです。この2つの星とはくちょう座のデネブ――この教室の名前なのですが――でできる三角形を、“夏の大三角形”と言います。星座は、星を連ねてその形から夢を膨らませ、物語まで作ってしまったものです。」(私は、学生時代、なけなしのお金で天体望遠鏡を買って夜空を楽しんでおりました。)「星座は私達の目で見たものです。しかし夜空を可視光線とは異なる波長、例えば電磁波を捉える望遠鏡で見たらどんな星座になって見えるでしょう。夏の大三角形はどうなるのでしょう。」(当然のことながら全く違ったものになることは確かです。)「みなさんが、例えば3000m級の山に登ること、誰もやっていないことをやることは立派な挑戦で、HITチャレンジの対象です。しかしこれまで当然と思っていたことを電磁波で見て、新しい視点で取り組むことも立派な挑戦です。HITチャレンジ3年目、みなさんにはそんな挑戦もして欲しいと思っています」と。
時速200kmを300kmにする。1メガを1ギガにする。これらは20世紀の文化を変えたすごい挑戦でした。しかし、HITチャレンジの彼らには、可視光線でない波長で新しい価値を見出し、新たな文化を作る挑戦もして欲しいなと思ったのですが、ちょっと年寄りの説教じみた話だったかなと、その夜、一人杯を傾けながら反省しました。
新講義棟の大教室を “デネブホール”と呼んでいる理由については別の機会に述べさせていただきます。
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2009年7月 8日
就職戦線厳し、されど
景気は下げ止まったと言われてはおりますが、今年の就職戦線は例年になく厳しい状況にあります。「学長キャリア相談窓口」でも、なお就活継続中の学生には、人生の貴重な勉強をさせてもらっていると思って気持を改め、もう一度挑戦するよう励ましております。
景気の変動によって就職事情が変わるのは止むを得ないのかも知れませんが、それにしても「超氷河期」、「バブル時代」そして「百年に一度の世界的大不況」と、あまりにもその変動が大きすぎるように思うのは私一人でしょうか。しかもその周期が短くなっております。成熟社会といわれる日本にある企業なら、もう少し長期的な展望をもって「人財」計画を立てられないものかと思ってしまいます。春秋に富む若者が目先のことであまりにも翻弄させてしまっています。
就職にあっても、基本的には、学生に学力と魅力(学士力)をつけることがわれわれの努めと認識しています。このたびのカリキュラム改訂では、22年度から、「キャリアデザインI」、「同II」、「同III」という3科目を開設することとしています。これは「進路(就職・進学)」という学生にとってもっとも関心のあることがらをとおして、社会人としての基礎力、スキル、人生設計、そして就職(・進学)に当たってのハウツーなどについて学び、身に付けていくことを目的としています。従前開設されていた就職関連科目を体系化したもので、1年次、2年次、3年次と学年に応じた内容で開講します。
「キャリアデザインI、II、III」の取り組みを学生活動記録システムの構築に結びつけ、「技術系学生の社会人基礎力育成のためのキャリアデザイン」というプロジェクトとして、文部科学省の「平成21年度大学教育・学生支援推進事業(学生支援推進プログラム)」に申請しておりました。先般その採択通知を受け取りました。現在実施している東京就活フライト、大阪就活新幹線、Uターン就職支援バス、業界研究セミナー、キャリアアップ講演会、学内合同の会社説明会、そして就職・進学懇談会の更なる充実も含まれております。またキャリアアドバイザーと就職参事も新たに設け、「社会人基礎力育成プロジェクトセンター」が事業を推進します。
ところで、先日高知で開催された同窓会に出席しました。故郷を活性化したいという思いを持って出身地に帰って就職する“志あるUターン”のことを出席者の皆さんに話したところ、OBの1人が、「自分の会社はどうか」と早速言ってくれました。38,000人いるOBの力はありがたいことです。これが「伝統の力」というものなのでしょう。
「就職戦線厳し、されど戦う」です。いたずらに危機感をあおるわけではありませんが、先月、「就職非常事態宣言」を発しました。学生の意識を高め、教職員一同、思いを一にして取り組んでいくということです。
それにしても心痛む時期です。
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2009年6月25日
瀋陽からの4人娘
今回も昼食会の報告です。今日お招きした人たちは、本学に3ヶ月滞在した瀋陽航空工業学院からの留学生4人です。先般の新入生との昼食会(関連の学長日記は「昼食会(2009年5月14日)」)は、本学で一日も早く”Not strangers any more”となるように願って行ったものでしたが、この日の4人は、文字通り”strangers(外国人、来客者)”でした。しかしこの3ヶ月ですっかり“HITiard(広島工大の人たち)”になっておりました。
4人は、中国語担当の中島先生の表現を借りれば、「4人娘」と言ったほうがいいかと思います。「カルビーの見学のお土産にスナックをもらった。おたふくソースではソースをもらった。造幣局ではコインをもらえることを期待して行ったがもらえなかった。学長先生、おかしいでしょ!」と流暢な日本語で話していました。
実は、この5月末、遼寧省の大学が共同で瀋陽航空工業学院がある瀋陽で高等教育に関する国際会議を開催する予定になっておりました。折からの新型インフルエンザで中止になりましたが、私も協定校の学長として招待を受けておりました。2度目の瀋陽訪問に合わせて、澤地久枝の「もうひとつの満州」(文春文庫)を本棚から取り出し、あらためて読んでおりました。彼女は満州で多感な少女時代を過ごしております。「もうひとつの満州」は中国側から見た「満州」という意味です。その本を読んで、瀋陽生まれの私にも「もうひとつの満州」があることを教えられておりました。4人娘との食事中もその「もうひとつ」が心の中で浮き沈みしておりました。
2004年初めて訪問した時、私の出自を知るに及んだ瀋陽航空工業学院の王学長は、「それはいいことだ。両大学の未来を輝くものにしよう」とパイチュウで改めて乾杯してくれました。私は席をはずしトイレで号泣しましたが、今回は彼女達の屈託ない明るさに救われました。二人か三人がはっきりと、「将来の希望は通訳」と答えました。「私の中国訪問の時、通訳をしてくれるかな」とたずねると、「もちろーん~」と、甲高い複数の声が「三宅の森Nexus21」のレストラン特別室に響きました。
瀋陽航空工業学院との学生交流は、2007年度の徐静さんの受け入れから始まって、昨年の4名、そして今年の4人娘と続いております。全員が女性です。本学からは、浜崎君の派遣に始まって、昨年度は2名が瀋陽航空工業学院に滞在して卒業研究の一部を行ってきました(関連の学長日記は「「外が学び」の志士たち(2007年10月30日)」、「「未知」への壮行そして歓迎――瀋陽航空工業学院との交換学生(2008年9月5日)」)。そして今年度は3名が希望しているとのことです。「中国(語)に明るい技術系人材」を育成目標に掲げて始めたプログラムですが、徐々に充実したものになってきております。それというのも、彼女達の屈託のない明るさ、聡明さ、そして彼女らが本学の学生に与えた”衝撃“があってのことです。彼女達の貢献大です。ありがとう、みなさん。
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2009年5月30日
「自校教育論」の講義内容
5月23日付で「自校教育論」の前半を終えた時点での感想めいたものを書きました。ある方から、「ついてはどういう内容の講義をしているのか」という問い合わせを戴きました。
本学では講義ノートをホームページで公開し学生がいつでもアクセスし、復習予習ができるようにするように取り組んでおります。私の「自校教育論」ではまだやっていないのですが、趣旨には賛同している手前、この場を借りて私の講義ノート「自校教育論」を掲載します。
とは言っても、私の講義は、PPT(パワーポイント)を使って行っております。PPTの図には説明がつきます。それがいわば私の講義ですが、ここでは図だけ並べています。40枚の図は2回(週)分です。図はやってみて少し書き換えることがあります。ここにお見せしているものが現時点で最新のものです。どうぞご覧いただき参考にしてください。
■「自校教育論」講義ノート(パワーポイント形式:2.87MB)
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2009年5月23日
「自校教育論」の前半を終えて
「自校教育論」は、大学の理念や学生として学びあるいは学生生活の在り方などについて、1年生を対象に開講されている授業科目です。建学の精神や大学の歴史なども語られ、私立大学にとっては重要な科目の一つです。
私が本学の学長職に着任することになった時でしたが、慶応大学で学んだ知人から「大学はかくありたい」という1965年刊行の新書版の古い本を戴きました。どのような形で使われたかは知人も記憶しておりませんでしたが、どうも新入生全員に配布されたようです。「大学はかくありたい」、「大学における教養課程の意義」、「専門課程とは何か」、「悔いなき青春のために」、「学生の自治活動について」、「大学における課外活動」、「慶応義塾大学一世紀の歩み」、「福沢諭吉先生を理解するために」などのテーマに沿って、高村象平学長、学生部長、学部長のほか評議員の小泉信三先生が執筆しておられます。
この本を読んで、これから着任する広島工業大学でもこのような授業を開設すべきだと思ったことを鮮明に覚えております。しかし着任してすぐ、本学では「総合特別講義」が開設されていることを知りました。鶴襄名誉総長が学長時代、学生に直々語りかけた特別講演がきっかけとなって開設されたものを継承していることも知りました。「さすが」と嬉しく思いました。まさに「広島工業大学はかくありたい」を伝える授業科目です。当時、理事長、総長、学長と熊谷先生が担当しておりました。
その後、教育改革18で、現在の「自校教育論」と名称が変更され内容も改められました。文字どおり「広島工業大学論」すなわち「広島工業大学はかくありたい」という科目になり、現在に至っております。学部長など役職者および客員教授そして卒業生も担当に加わり、その内容は、(1)学園の歴史・建学の精神、(2)大学に学ぶ、(3)広島工業大学の教育方針と教育、(4)各学部の教育目標、(5)広島工業大学の研究、(6)人間形成、(7)情報化社会と大学生、(8)キャリアデザイン、(9)就職・雇用の実態、(10)社会人・技術者に求められるもの、などとなっています。22年度カリキュラムからは、キャリアデザインや就職関係の内容をキャリアデザイン科目として分離することになっております。
私は、「広島工業大学の教育方針と教育」を担当し、本学の教育方針の意味することはどんなことか、具体的にどのような教育を目標としているかについて話しております。「メモの取り方・レポートの書き方」そして「意見発表」といった基本的な手法のトレーニングの場ともしております。各学科2回づつ担当しておりますが、この20日、そのうち前半の6学科を終えたというわけです。新しい講義棟での講義は気持ちよく、サッカーで言えば、「1―0」くらいのリードでハーフタイムを迎えているような気持ちです。
というのも、教育方針は学生に理解されてナンボです。先般行った学生満足度調査(回答者2973名)によれば、本学の教育方針を「よく理解している」ないしは「自分なりに理解している」と回答した学生数は33%でした。「全く知らない」が10%ありました。約半数が、「理解はしていないが一応知っている」(40%)と「なんとなく聞いたことがある」(15%)でした。この状況をどう受け止めればいいでしょうか。「1―0」の所以です。
本学の教育方針は「常に神と共に歩み、社会に奉仕する」です。赴任して間もないころ出席した同窓会の席で、一人のOBが「学生時代はよくわからなかったが、本学の教育方針は今となっては含蓄のある言葉だ」としみじみと語ったのが忘れられません。私も、技術系の大学なればこそ、意味あることと思っております。「技術に関する基礎知識とそれを応用する力と同時に、社会と環境を重視する認識と環境保全や社会奉仕のために行動する力および高い技術者倫理とそれを実践する力を備えた技術系人材」を人材育成目標としております(学生便覧より)。環境・倫理は、教育方針の前半の言葉に含まれるものです。「社会・環境・倫理」は21世紀の技術にあって、これまでにも増して大切なことです。この教育方針があればこそ、誠実な本学の学風がめんめんと築かれてきたのだとも思っています。
励まされ、また反省しながら6月から始まる後半に備えております。
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2009年5月14日
昼食会
NS昼食会
このところ、三宅の森Nexus21の食堂で楽しいひとときを過ごしている。広島から比較的遠方にあり、先輩も多くない高等学校出身の新入生を招き、一緒に昼食をとっている。今日までに高知県西部、鹿児島県、沖縄県、香川県の高等学校出身グループと共にした。来週は徳島県、島根県、愛媛県南西部が予定されている。
毎回5~10名程度であるが、私にとってはなかなか厳しい時間でもある。高校訪問をした学校の出身者の場合、「君の高校は町の真ん中にあったよね」とか、「校長先生は○○先生だったよね」といった話がきっかけになるが他の高校の記憶と紛れていることもある。土地感のない場合は、地名を聞いても話がかみ合うまでに時間がかかる。何よりも似たような年格好の複数の初対面の学生と同時に対応するのである。その日の話だけでも「混乱しまくり」というのが現実である。
しかし私には文句なく楽しいひと時である(学生の本音はどうかわからない)。「どうして広島工業大学を知ったのですか」あるいは「来て見てどうですか」、そして「これからの抱負は?」が共通に尋ねたことである。「家から離れはするが適当に近いから」、「高校の先生に薦められた」、「卒業生が親戚にいた」、「広くてきれいだ」などと聞くと、目の前で食事をご馳走させながらきくのであるから割り引かなければならないと承知しつつも、嬉しくなる。「仲間があまり行かないから」と答えた学生もいた。もちろん他大学に失敗したからという学生もいた。
抱負も素直そのものである。あっという間に昼休みの50分が過ぎる。
名称の「NS昼食会」は、私が勝手に手帳にそのように記しているだけである。私は高校に入学するとき、能登半島の田舎から金沢に出て下宿生活を始めた。そのとき地元出身者が親しげに話し合っているのがまぶしく、みな秀才に見えた。自分だけが田舎者、というより場違いなところに来たように思えた。「NS」は、“you are Not Strangers any more”の「NS」である。「stranger」は、「よそもの・不案内な人・見知らぬ人」という意味があるが、「場違いなところにいる人」というニュアンスが感じられる。500円程度(それより安い?)の学食とデザート・コーヒーをご馳走して、私が彼らに言いたかったことは、「広島工業大学に入った君たちは、もう”stranger“ではないんだよ」ということだったのである。
ハンバーグステーキや鳥の照り焼き、そしてデザートと、連日の若者メニューは私にはいささか高カロリーである。メタボにならなければと思っているが、学生からもらった元気で心が太ったことは確かである。
(2009.5.13)
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2009年4月 4日
入学宣誓式
入学式
卒業式と打って変わって入学式はあいにくの雨模様でした。しかし大学は久しぶりに活気があふれました。Nexus21の食堂は、若々しい雰囲気で満ちておりました。
入学式には、「広島工業大学で何を学ぶか」と題して、歓迎の言葉を述べました。入学式に見えることができなかった保護者の皆さまのために、今年度最初の「学長日記」とさせていただきます。
「広島工業大学で何を学ぶか」
はじめに
広島工業大学入学、そして大学院進学、おめでとうございます。これまでと違った新しい環境への喜び・希望と同時に不安もあろうかと思います。私たち教職員・在校生は心からみなさんを歓迎します。一緒にやっていきましょう。
保護者の皆様にはご子女のご入学を心からお喜び申し上げます。また来賓の皆様、ご多忙のところ、若者たちの門出の席に足を運んでいただきましてありがとうございます。高いところからではございますがお礼申し上げます。
今日は、1)広島工業大学はどんな大学か、2)広島工業大学で何を学ぶか、そして3)広島工業大学ではどのような学び方をするか、この三つについてお話ししまして、みなさんへの歓迎の言葉とさせていただきます。
広島工業大学はどんな大学か
まず、広島工業大学はどんな大学か。
広島工業大学は、短期大学を前身として、1961年、創設されました。創設した方は鶴襄先生で本館前に銅像が建っています。今日みなさんを迎えて執り行っているこの入学式で49回目の新入生を迎えることになります。本学を巣立った卒業生の数は、約38000名になります。大学院は設置後20年になり、修了者は約1000名です。技術系大学としては、この地域にあって最大規模の実績を誇る伝統ある大学です。
卒業生のみなさんは、広島、中国四国地方、関東、関西そして世界のあちこちで活躍しております。そうした卒業生の活躍と営々とした教育実績の積み重ねによって、本学には、誠実な学風が築かれています。それは建学の精神である「教育は愛なり」にふさわしいものです。先輩たちが築いた広島工業大学の伝統と学風を誇りに思ってください。
本学の名称にある「工業」は、「技術・technology」と言ってもいいかと思います。技術・technologyは、例えば、これまで100人で住んでいたところに、1000人で、しかも限られたエネルギーのもとで安全に住むことを可能にします。生産地に放っておけば腐るだけだったバナナを一定条件のもとで運ぶことによって、経済的価値を生み作った人も食べた人も幸せにすることができます。技術・technologyは、不可能を可能にし、新しい経済的価値を生み、そして人々を幸せにします。
広島工業大学はどんな大学か。広島工業大学は、このような技術が日本にとって、そして人類にとって大切で欠くことができない重要な分野という認識をもって、それを担う人材を育成している大学です。
広島工業大学で何を学ぶか
次に、広島工業大学で何を学ぶか。
技術・technologyは、人の生活や命を預かります。手抜きをしたり、自然法則に則らない設計をすると人の命を奪うことになります。だからみなさんは、自然の法則や知識、そしてそれらを使いこなす方法を学び、それを使いこなす力を身につける必要があります。大学院ではもっと高度な体系的なものになります。それは技術者としての基本の学びです。技術系の大学であればどこの大学でも学ぶことです。
しかし、広島工業大学は、「常に神とともに歩み、社会に奉仕する」という教育方針を掲げおります。これについては少しく説明する必要があるでしょう。
「常に神と共に歩む」は、人間の力をはるかに超えた何か偉大なもの、Something Great とでも言えますでしょうか、を常に意識するということです。「ばれるばれない」、「人が見ている見ていない」を行動基準とすることがままあります。しかしSomething Greatを常に意識するのですから、「ばれるばれない」や「人が見ている見ていない」に関係なく、「やってはいけないことはやってはいけない」ということになります。これを「倫理」と言います。
自然は人間の力で作ったものではなく、Something Greatの領域です。だから、Something Great を常に意識することは、自然を畏敬すること、自然に対して謙遜になることです。それは環境を大切にすることを意味します。
「社会に奉仕する」については説明の必要はないでしょう。21世紀には、社会を第一としない技術、社会とのかかわりのない技術者はありえないでしょう。
広島工業大学で何を学ぶか。広島工業大学では、命を預かる技術者としての基本を学びます。そして、高い技術者倫理を実践する力、環境保全と社会奉仕のために行動する力、本学ではこれらを一言で「社会、環境、倫理」と言っていますが、これらを身につけます。
広島工業大学ではどのような学び方をするか
最後に、広島工業大学ではどのような学び方をするか。
みなさんはボランタリーという言葉を耳にしたことがあるでしょう。“voluntary”のもともとの意味は「自ら進んで」という意味です。誰から命ぜられたことでもないが、自分の思いから何かをやるという意味です。だから“volunteer”という英語には、誰に頼まれたわけではなくとも、祖国や正義あるいは目的のための戦いに命を賭けて名乗り出る志願兵や義勇兵という意味があります。先ほど紹介した教育方針の「社会に奉仕する」は、社会のvolunteer・志願兵であれという意味です。広島工業大学では、学び方においても自ら名乗り出る志願兵的な学び方が期待されております。
新入生のみなさんは、今日からは「学生」と呼ばれます。studentはstudyと類語で、studyには「工夫する」という意味があります。辞書には、「目的を達成しようとする工夫、苦心、その目的物」と説明されています。
自ら名乗り出る志願兵的な学び方とは、”student的”な学びをすることです。すなわち、目的を定め、その達成のために工夫、苦心する学び方です。幸い本学には、”student的“な学びのためのしかけや施設がたくさん用意されております。教育学習支援センターでの学びも、「目的を達成しようとする工夫、苦心」で、”student的“な学びです。
広島工業大学ではどのような学び方をするか。「自ら目的を考え、自ら研鑽し、苦心し、そして自らその目的を達成する」、それが広島工業大学の学び方です。
むすび
ところで、みなさんは、この体育館の前にある「三宅の森Nexus21」という建物を初めて使う学年になります。名称にある「三宅の森」は、1961年本学が創設された場所のことです。「Nexus」は絆、つながりという意味です。「21」は21世紀の21です。本学創設の志とその後築かれた広島工業大学の学風と教育を21世紀につなげていく場とする、という思いがこめられております。
みなさんはいわばその第一期生です。これからの4年間(大学院生にとっては2年あるいは3年でしょうか)、その役割も果たして欲しいと願っております。
改めておめでとうと申し上げて、入学・進学のお祝いの言葉といたします。
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2009年3月30日
3人の若者のこと
卒業式を終えた大学はこころなしかひっそりしております。4月には新しい若者を迎える期待はあるもののまだその兆しはありません。キャンパスがうきうきし始めるのは、いろいろな準備が整う年度明けになるでしょう。今はやはり卒業式のことが思い出されます。
卒業式は暖かな日和に恵まれたためか、あるいは学科ごとの授与式が新装なった講義棟「三宅の森Nexus21」で行われたためか、式後は、いつもに増して、華やかな、そしてはちきれるような雰囲気でした。3名の博士学位取得者に学位記を直接手交したことも華やいだ気持ちにさせてくれたのかも知れません。私も請われるまま、卒業生のグループ写真に加わりました。
学長室に戻って一服しました。そのとき、ふと3人の学生のことが思い出されました。そして暗転したような思いになりました。この1年間に学業半ばにして天に召された3人の若者のことです。
S君
昨年6月13日、病気のため亡くなりました。彼は、卒業した仲間と同じ学年の4年生でした。病気を承知の上で本学に入学しました。実家から離れての学生生活でした。保健室の重友さんは、お母様と連絡をとりながら、よく面倒を見てくれました。亡くなられた後、お父様とお母様が大学に見え、学長室でお話をさせていただきました。彼が敬愛していた安藤忠男の本など専門分野の図書の寄贈を頂きました。
T君
2月17日、病気のため亡くなりました。入学式の次の日から休学していました。本学にはほぼ1年在学したことになります。センター試験は受験しておりましたが、入学時から通学できる状況ではなかったようです。葬儀を終えた後、保護者の方からご連絡いただいた次第で申し訳ないという思いでおります。遅ればせながら弔意を届けましたところ、ご遺族様から懇切な礼状を頂きました。
T君
つい今月の3月3日 交通事故で亡くなりました。痛ましいことでした。入学後1年を終えたときでした。この日は広島地方は粉雪の舞う寒い日でした。福山の実家から広島に向かう道中での事故でした。あまりに痛ましく、またつい先日のことでもあり、言葉が続きません。
本学では、建学の精神「教育は愛なり」の「愛」を「学生の可能性を信ずること」と理解して教育に当たっております。不本意にも学業を中断することになった3人の若者にはどんな可能性があったのでしょうか。無念の思いを禁じえません。
29日に放送された「NHK短歌」で、病弱で若くして逝った筒井宏之さんいう方が取り上げられておりました。その中で、「えいえんをとくちからください/えいえんをとくちからください/永遠を解く力を下さい」という彼の歌が紹介されました。近くにあった紙の裏に急ぎ書き留めました。3人三様のこの世の閉じ方ではありましたが、3人の声のように思えました。彼らの志が本学に学ぶ他の若者たちに継がれていくことを願っています。
重い気持ちでの学長日記となりました。今は3人の若者のご冥福を祈りながら、これをもって今年度最後の「HITHOT学長日記」とさせていただきます。
2009年3月30日
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2009年3月24日
2008年度修了・卒業学位記授与式
先週の土曜日、3月21日、2008年度の修了・卒業学位記授与式がとりこ行われました。卒業式としては第44回、大学院の修了式としては第19回になります。折からの絶好の天候に恵まれて、式の厳粛な雰囲気は、式終了後館外で一気に華やかな雰囲気に変わりました。以下は「社会のvolunteer・志願兵に」と題して私から差し上げたはなむけの言葉です。出席できなかった保護者の方々にはこの場をお借りして心からお喜び申し上げます。
厳しい社会への船出
卒業、修了おめでとうございます。月並みな言葉ですが、みなさんの船出を心から祝福いたします。保護者の皆さまには、これまでの高等学校などの卒業とは違った感慨がおありのことと存じます。高いところからではございますが、お喜び申し上げます。
今、「みなさんの船出を祝福する」と申しました。今日はことのほか穏やかな天候ですが、みなさんは船出する社会はことのほか厳しい経済状況の中です。「狼の群れに小羊を送る」という表現がありますが、「荒海に小舟で漕ぎ出す」ように思えます。正直言って、大丈夫かなという意味で複雑な思いでもおります。
このたびの経済の急変で、私は、私たちはこのような危うい基盤の上に立って繁栄していたのかと、改めて思い知らされました。しかし考えようによっては、今は新しい価値観を生む絶好の機会ではないかとも思わされています。今日はその「新しい価値観」として、本学の教育方針にもうたわれている「社会に奉仕」について、日ごろ考えていることを述べまして、修了・卒業のはなむけの言葉としたいと思います。
奉仕とは
昨年4月、1年生の自校教育論で本学の教育方針について感想を書いてもらいました。本学の教育方針は「常に神とともに歩み、社会に奉仕する」です。1人の学生が「『奉仕』はわかりにくい、『社会に貢献する』がいいと私は思う」と書いていました。なるほどと考えさせられました。
貢献と奉仕は似ております。しかし何か違うようにも思えます。「奉仕する」は、英語で“volunteer”と言います。日本語でボランティアと言うと“ただ働き”といった意味が強くなりますが、英語の“volunteer”は、「自ら進んでする」ことであり、形容詞の“voluntary”は「自発的な」という意味です。そして、祖国や正義あるいはある目的のための戦いに名乗り出る志願兵や義勇兵も英語では“volunteer”と言います。
新年早々だったでしょうか、エチオピアで医療奉仕をしていて誘拐(ゆうかい)された女性医師赤羽桂子さんが3カ月半の拘束の後に解放された出来事がありました。他方でアフガニスタンで凶弾に倒れた現地ワーカーの伊藤和也さんの事件もありました。そのような危ないところに働きに出かけている若者がいるということを改めて知って、昨今、若者についてとやかく言われますが、こんな若者もいるのだということで印象に残っております。このお二人は誰に頼まれたわけでもないのに名乗り出た典型的なvolunteer・志願兵と言えるでしょう。
身近な奉仕・ボランテイア
先日ある学生指導関係の会合に出ました。そこで全国の半数近くの大学に「学生ボランテイア支援センター」のような組織があるという報告を聞き、驚きました。どこの大学も力を入れているとのことでした。21世紀は奉仕・ボランテイアの時代と言われています。変革の時代には、社会的制度として定着するには時間がかかること、また多様な中で行政がすべてに対応することができないからです。NPOの時代といえばもっとわかりやすいかも知れません。
本学では、学生の自主的活動として「HITチャレンジ」というプログラムを実施しております。その報告会がつい先日ありました。誰から命ぜられていないにもかかわらず、自分たちで企画し実行したことを報告する会でした。幼稚園を訪問し子供たちに理科を面白く見せた女子学生グループ、夏休みを全部使って廃屋を修復し、地域の人たちが寄り合いのできる建物に改造したグループ、留学生と一緒に中国語・日本語の案内パンフレットを作ったグループなどの発表がありました。他の人達のために自分の貴重な時間を使っていました。これらも立派なvolunteer、「社会に奉仕する」こと・志願兵です。皆さんの中にも、私が知らないだけで、在学中、似たことに挑戦した人たちは沢山いることでしょう。
お隣の町廿日市の宮内工業団地にケミカル山本という会社があります。そこの社長さんの山本正登さんは、子どもたちの科学に対する理解と実践能力を開発したいという思いから「わくわくケミカルクラブ」をつくり、地域の子どもたちを集め、毎月1回、1年間12回にわたって、化学の実験や実習を体験できる教室を開いてきました。私はその修了式に出席する機会がありました。必要経費も場所もみな山本さんが提供し、自らも講師となってやってきました。次世代の教育は本来大学を始めとする教育機関の仕事です。しかし、1企業の方がこのように青少年の教育に関わるのです。これも誰に頼まれたわけでもなく、科学の好きな子どもを育てたいという思いから行っていることで、文句なくvolunteer・志願兵です。
社会のvolunteer・志願兵に
みなさんの働き場所は東京でしょうか。あるいは関西でしょうか。広島に残る人も多いでしょう。また出身地に戻られる人も多いのではないでしょうか。いずれにしろ、そこはエチオピアでもなく、アフガニスタンでもありません。これまで同様日本語も通じます。赤羽桂子さんや伊藤和也さん達と同じようなvolunteerは必要とされないでしょう。
頼まれたわけではないが、自ら進んで他者のために何かすること、それがvolunteer・志願兵です。それは、エチオピアやアフガニスタンでなくとも、みなさんの仕事においてもできるのではないでしょうか。たとえば、上司から言われた仕事に、「このように言われたから」ではなく、あるいは「これまでこのようにやられてきたから」でもなく、自らの意思で一歩進んで、何か新しい価値を一つ加えて仕事をすることです。主君の草履を懐に入れて暖めたという秀吉の逸話の仕事のやり方です。誰かに頼まれたわけでもないのに自らやるという点では、挨拶もvolunteer・「社会に奉仕すること」になります。
身近な仕事の中でのvoluntaryな取り組みの一つ一つの積み重ねはみなさんを成長させ、仕事の質を変えます。そして社会の新しい価値を生むことになります。山本社長のクラブの中から化学を学んでみようという子どもさんが出るのではないかという予感がしました。もし一人でも出れば社会を変えたことになります。voluntaryな生き方をしようという志・思いがその出発点となります。
むすび
変革の時代なればこそ、奉仕すなわちvolunteer・志願兵が必要されます。本学の教育方針は、やはり、「貢献」より「社会に奉仕する」がいいと思っています。
みなさんが漕ぎ出る海は荒海です。そのような海なればこそ、50年近く前から教育方針として掲げている「社会に奉仕する」が必要です。
皆さんにはこの後学科ごと行われる学位記授与には使っていただくことになりますが、この1月新しい校舎が竣工しました。この校舎の名前は「三宅の森Nexus21」と命名されました。「三宅の森」は本学発祥の地名です。「Nexus」は絆、つながり、結びつきといった意味です。「21」は21世紀を意味します。本学発祥以来の教育方針である「社会に奉仕」という考えを21世紀の皆さんの活躍の場につなげてください。そうすれば、必ずや、それぞれの場で一味違う21世紀の技術者となれるものと確信しております。
もう一度、「いい船出を」、と申し上げて、修了・卒業のはなむけの言葉とさせていただきます。
2009年3月21日
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2009年2月27日
学内合同企業説明会
学内合同企業説明会
2月18日から20日までの3日間、本学体育館で来年度就職に関する企業説明会を開催しました。昨年来の景気の激変で採用を控えるという報道が多い中、今年は果たして何社参加してくれるか心配でしたが、3日間で330社の参加がありました。昨年が335社でしたから、ほぼ昨年並みということでほっとすると同時に、このような景気の中にあっても本学卒業生への採用意欲が高いことを知り、嬉しく思いました。本学の長年の評価の現れだと一人誇らかな気持ちにもなりました。一つの大学の学生を対象とし、キャンパス内で開催される企業説明会でとしては最大規模ではないかと自負しております。
参加した学生諸君はいささか緊張しているように見受けられました。昨年の参加者は延べ約1550名でしたが、今年は2330名でした。会場に漂っていた緊張感は日ごろの服装とは違うリクルートスーツのせいばかりではなく、やはり昨今の景気のことがあってのことでしょう。ある企業の方によれば、「こういう時なればこそ優秀な人材を確保したい」ということでした。
開会の挨拶で就職委員会の先生が、「まだ3年生ということで不十分な面もあろうかと思いますが話を聞いてあげてください」と企業の方にお願いしておりました。学生諸君はこれから最後の四半期に当たる4年生となります。卒業研究の取り組みを始めとする4年次の勉強によって大きく成長します。説明を聞く学生の中にそのような可能性を感じとってもらいたいなと思いながら、私は会場を巡りました。会場には本学の教員も多く見えていましたが、多分同じ思いを持っていたことでしょう。
今年度の卒業者については、内定取り消しがあるなど、景気変動の影響を少なからず受けました。2月15日の時点で内定率は91%です。昨年比2.6ポイントの低下となっています。内定取り消しの学生を含めて最後の追い込みをしております。卒業生全員が晴れて3月の卒業式を迎えることができるよう、教職員挙げて支援しております。
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2009年1月 9日
新講義棟の竣工式・竣工記念式典おこなわれる
新講義棟の竣工式・竣工記念式典おこなわれる
----「三宅の森」から21世紀の技術者教育へ
かねてから建設しておりました新講義棟は昨年末引渡しがなされ、9日、工事関係者および学園関係者をお招きして竣工式と竣工記念式典が行われました。供用は4月の新学期からですが、4月末には内外の方をお招きしてお披露目を行う計画を立てております。
新講義棟は、「三宅の森Nexus21」と命名されました。本学誕生の地「三宅の森」時代からの志と学風を21世紀の技術者教育へとつなげる場とするというのが名称にこめられた想いです。 “Nexus”は、きずな、つながり・結びつき、関係・関連という意味です。
式では謝辞を求められましたが、私はこの建物で展開する教育についても思いを申し上げ謝辞に代えさせて戴きました(三宅の森Nexus21竣工記念式典謝辞)。私の思いではありますが、全教職員に届けました。
竣工記念式典後、まだ什器は取り付けられておりませんが、教職員に見学してもらいました。私も全館各階隈なく見学いたしました。改めて初心に返り、技術者教育にまい進したいと思わされました。
三宅の森Nexus21竣工記念式典謝辞
年明けのお忙しい中、竣工記念式典にお越しいただきましてありがとうございました。「謝辞」ということですが、むしろ私に与えられている任務は、この素晴らしい建物を使ってこれから展開する技術者教育と人材育成に対する決意を述べることかと思いますのでそれを述べさせていただきます。
建物の名称は、「三宅の森Nexus21」と命名されました。名称にこめた思いについては理事長から説明がありましたが、本学誕生の地「三宅の森」時代からの志と学風を21世紀の技術者教育へとつなげる場としたいということです。“Nexus”は、きずな、つながり・結びつき、関係・関連という意味です。理事長は、「過去と未来、教職員と学生、先輩と後輩、男子と女子、大学と地域の新しい絆がここから築かれることを願っている」とも述べています。
21世紀の技術は、人との関わりが何より大切になります。「人」は広く、社会と言ってもいいでしょうし、環境も含むものです。理事長の表現を借りれば、「人を幸せにする技術」、「人と協力して開発する技術」です。さらに加えれば「人を思いやる技術」が21世紀の技術です。
本学は、創設以来、「常に神とともに歩み社会に奉仕する」という教育方針を掲げて技術者教育に当たっております。この教育方針は、技術に関する教育の方針としてはちょっと変わった感じを与えますが奥深いものがあります。学生には、「神」とは人間よりずっと大きな存在のもの、自然そして環境、また絶対的なもの、正しくないことは正しくないとする倫理、と説明しております。だから教育方針は、「常に環境と倫理とともに歩み、社会とのかかわりを大切にする」と理解できると話しております。そこで、教育改革18では、「社会・環境・倫理」という三つのキーワードを掲げて教育に取り組んでおります。何のことはない、広島工業大学は創設以来、「人との関わりを大切にする」という21世紀の技術を担う人材を育てる教育を行ってきたことになります。
この古くて新しい本学の教育を、いま、「三宅の森Nexus21」という新しい皮袋に入れようとしております。古くて新しいぶどう酒は、「三宅の森Nexus21」という新しい皮袋にふさわしいぶどう酒であると確信しております。また「三宅の森Nexus21」という新しい皮袋は、「人との関わりを大切にする技術」という21世紀のぶどう酒にふさわしい皮袋であります。
大切なのは、その皮袋のぶどう酒をどのように学生に振る舞うかです。教育改革18では、非伝統的な新しい教育内容や方法など、教育効果を上げるためなら「なんでもあり」という方針をとってきました。多様な教室、ラーニングコモンズ、オープンラボラトリ、コミュニケーションプラザ、ラウンジ、アメニテイ空間、たまり場など、「三宅の森Nexus21」という新しい皮袋は、その実践の場として備えられた器です。それをいかに有効に活用していくか、われわれ教員は、教育と人材育成のプロとしての真価が問われます。
技術系や理系を志す若者が少なくなっている昨今、技術系分野を他分野に転換していく大学があります。しかし広島工業大学は、「21世紀にあって技術は必要である」という信念のもと、技術者教育という本学の社会的使命を果たしていきたいと考えております。私自身、改めて初心に返り、建学の精神を思い技術者教育にまい進したいと決意しております。
以上私の思いを述べさせていただきまして、謝辞に代えさせていただきます。本日はまことにありがとうございました。
(2009年1月9日)
三宅の森 Nexus21
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2008年12月 1日
就職活動始まる(続)
11月20日付の「就活始まる」で本学の就活を紹介しました。それを読んだ私の旧友から、「お前の大学も早々とやる側か」というメールが届きました。実はかって私は、企業の採用活動の早期化について、「学生生活の最後の1年の成長は1/4よりはるかに大きい。それ抜きで評価する企業はいかがなものか」と公の場で発言したことがあります。それに関連しての指摘でした。また、中教審の答申「学士課程教育の構築に向けて」の最終案においても、産業界に対して「学習環境の確保等に向けた積極的な協力(採用活動の早期化の是正など)」が盛られています。「答申にもそうあるではないか」という指摘もありました。
以下は彼への返信です。
『ご指摘どおり、確かに私はかってそのように考えていました。また中教審の答申が採用活動の早期化の是正を産業界に求めていることも承知しています。しかし、社会人として成長することが大学教育の学習・教育目標の一つであれば、就活はその達成にきわめて効果的なきっかけとなっていることに気づきました。そんなことから早めの就活を前向きに捉えるようになりました。
言うまでもなく、就活は学生にとってA社B社を決めることです。しかしそれは社会人になろうとする自分を真剣に見直す最初の機会にもなっております。このたびのカリキュラム改訂で「キャリアデザイン」という授業科目を1年次から3年次まで体系立てて開設することとしております。いずれもクォーター科目(1単位)での開講ですが、必修です。早い時期から社会人として成長するための自覚を持たせようという趣旨です。
本学では、「外が学び」という授業科目区分を設け、学外実習、海外研修などを実施しております。キャンパス内での学習はいわゆる知識の修得を中心とするものですが、学外での学びは社会人として成長する効果的な機会を提供しています。また専門知識の修得のための動機づけとなっていまます。このことは、学外研修から帰ってきた学生の目の色が変わることで実証済みです。先に紹介した東京就活フライトに参加した学生も同様です。だとすれば就活は「外が学び」の一つであり、「学習環境の確保」になっているのです。「志あるU-ターン」の場合は、自分の出身地について改めて考える機会となっています。
ただ就活がこのように機能するためには、全学上げて取り組む必要があります。本学の企業懇談会ではゼミ担当の全教員が参加し、本学教員による研究成果の紹介や講演会をしております。本学の教育研究を企業の方々に理解してもらい、あわせて本学教員との情報交換の場としております。産学協同による技術者教育の一つの場面となっております。』
以上が彼に宛てた返信です。就活の早期化には課題もありますが、要は現実に機能している就活を前向きに捕らえて学習の機会としていこうということです。ただ、A 社B社の企業訪問は学期休業の時期であって欲しいとは思っております。
(2008.12.1)
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2008年11月22日
就職活動始まる
「2010就活」と銘打った新聞の特集記事の見出しに「一転氷河期へ出足早く」とありました。昨今の世界景気の変動で学生の就職前線も急変しているようです。そんな中、3年生に対する就職活動(就活)がいよいよ始まりました。
11月18日、広島での企業懇談会が開催されました。約380社の企業から530余名の参加を戴きました。11月4日には大阪会場で開催しておりますが、約220社から280余名の参加を戴きました。いずれもほぼ昨年と同じ数でした。厳しい経済状況の中での変わらぬご支援に改めてありがたいことと思いました。またこのように多数の企業の参加を戴くことは本学の大きな誇りであると思いました。
本学は「地域にあって存在感のある大学であり続ける」と宣言しております。それは、36000名近い圧倒的な数の卒業生が「社会に奉仕する」という本学の教育方針を実践してくれておればこそ言えることです。就職指導にあっても、学生へのきめ細かな指導によって、量のみならず、教育の質においても存在感のある大学であり続けなければいけないと改めて思いを強くさせられました。創設者の鶴襄先生は、このような場でいつも「本学が今日あるのは企業の皆様のおかげです」とお礼を申し上げていたそうです。私も同じ思いにさせられました。
企業懇談会の合間の14日と15日には学生を対象とした「東京就活フライト」が実施されました。これは飛行機で東京に出かけ、昼は企業訪問ないしは企業説明会参加、そして夜はOBとの情報交換会に出席するというプログラムです。120名の学生が参加しました。東京就活は、「グローバルな活躍」を促すためのプログラムで、「志あるUターン」と対をなすものです。「東京での2日」を世界に目を向けるきっかけとしたいというものです。
開会の挨拶で私は、「東京は毎日がフラワーフェステイバルだ。しかも1ヶ所でなく、あちこちで開催されている都市だ。しかしひるむことはない。今日お見えのOB諸氏もついこの前までは君らと同じだったのだ」と檄を飛ばしました。今年も15名の在京OBが駆けつけてくれました。今年は2年前にこのプログラムに参加したOBが見えていました。彼もこのプログラムによって青雲の志を立てたひとりなのです。各テーブルで学生の疑問に答えたりアドバイスをして戴きました。
今週末の22日と23日には、「大阪就活新幹線」があります。趣旨は東京就活と同じです。また来月7日には「呉地域で活躍する本学卒業生と本学学生との情報交換会」が開催されることになっております。こちらは「志あるUターン」です。来年になりますが、2月には「学内合同の会社説明会」が予定されています。これは本学に企業をお招きし学生と直接話し合ってもらうものです(昨年度は335社参加)。
学生にとっては長い就職活動が始まったということです。私が担当している学長キャリア相談コーナーでは、就職活動には自分の考えをしっかり持つことが大切だと話しています。ただそう言いながらも、自分の志を持ち、多くの情報の海の中からそれに合致する企業を1社選ぶことはなかなか大変なことだと思っています。しかもその上、先方の評価を受けて初めて決まるのです。
一人ひとりの学生が自分の道を探し出し、「社会に奉仕する」ための格好の場所としての職場を見出してくれればと願いながら、木曜日の昼休みには学長キャリア相談コーナーに座っております。 (2008.11.20)
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2008年10月29日
教育懇談会を終えて
教育懇談会を終えて
―― 親子の語らいのきっかけに
10月4日、本学で開催された広島会場を皮切りに、今年度の教育懇談会は先週末の岡山、三次、福岡会場をもって、11会場での全日程を終了しました。私は、広島会場、高松会場と岡山会場に出席いたしました。
教育懇談会の趣旨は、ご子女の本学での学習・生活について保護者の皆様と懇談し、情報を共有し、本学での学生生活をより有意義なものとすることです。開会にあたり、次のような挨拶をさせてもらいました。
「大学4年間は、平均寿命80年の5%です。長いようで短い、あるいは短いようで長い4年間です。ただ、長いと感じようが短いと感じようが、確実に言えることは、この4年間は人との出会い、知識との出会い、自立しようとする自分との出会いなど人生で重要な意味を持つ『出会い』の4年間ということです。われわれはそのような思いを持って、学生諸君とキャンパスで毎日を過ごしております。保護者の皆様とも連携を密にすることによって、この5%の時間をさらに意義ある時間とさせたいというのが今日の懇談会の目的です」と。
高松会場では徳島や高知から、また岡山会場では鳥取や兵庫からもお見えでした。私は地方会場に出席する時には近くの高等学校を訪問させてもらっておりますが、高松会場では、たまたま前日訪問した高校出身学生の保護者がおられ、学校の歴史や進路指導の先生のことなど、共通の話題がありました。また、以前訪問して校長先生とも親しくお話させていただいた高校の卒業生であるという保護者の方ともお会いできました。広島会場はキャンパスの雰囲気を知るにはよいが、地方会場はこじんまりしていて親しく懇談できるのがよいという感想をお聞きしました。また、下宿やアルバイト先のおばさんと大変仲良くやっているという話や広島工業大学とある大学とを徹底比較して本学を選んだというお話など、貴重なお話を伺うことができました。
地方会場では同窓会コーナーを設けておりますが、岡山会場では4名の同窓生が参加してくださり、就職一般や地元就職の相談にものっていただきました。三次会場でも3名が見えていただいたそうです。後輩のために半日を割いて後輩のために協力して下さる卒業生を嬉しく思うと同時に誇りに感じました。
教育懇談会には毎年忘れることのできない出会いがあります。昨年の松江会場では、「子どもは多くを話してくれないが、卒業研究がうまくいっていないようだ」という相談を受けました。事情を伺い指導の先生とも話をしたこともあって卒業研究は所定どおり終えることができました。ただ残念なことに、総単位数が足りず、半期遅れの卒業となりました。その保護者の方と9月の卒業式でお会いすることができました。半年の回り道をしましたが、卒業を嬉しく思っているとおっしゃっていました。学長日記(9月12日)で紹介した挨拶は、そんな教育懇談会のことを思い出しながら話したことでした。
広島会場では、本学学生相談室の藤巴カウンセラーから「大学生の心の理解と支援について」という講演をしてもらいました。その中で「今日ご夫婦でお越しの方は、教育懇談会が終わってもすぐ家に帰るのではなく、ご一緒にどこかでお茶を飲んで帰って下さい」という冗談めいた話がありました。「心の余裕をもって子どもと付き合う(聞き役をする)ことが肝心」という話に関連して言われた "お勧め"でした。
私自身のことを振り返ってもそうですが、大学生になると自立を目指すからでしょうか、親にあまり語らなくなります。そんなこともあって、私は教育懇談会での懇談が親子の会話のきっかけになってくれればと願っております。「今日、教育懇談会で○○先生とこんな話をしてきたよ」という電話(あるいは夕食の話かけ)が、親子の語らいのきっかけになってくれればと思っております。
11会場で479組(ご夫妻で出席の方があり「組」で数えております)の保護者の方々に参加戴きました。今回ご出席できなかった方も来年度は是非足を運んでみて下さい。 (2008年10月28日記)
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2008年10月 7日
天国から見えますか?
『前略
先般、お父様のご逝去に関する知らせを受けました。つらい思いをされていることと拝察いたします。今は少しは落ち着きましたでしょうか。もう1年で卒業という時に、お父様も無念のことと思います。きっと貴君の卒業を楽しみにしておられたことでしょう。今後はお母様を助け、引き続き学業に精を出すことができますよう、願っております。何かありましたら、遠慮なくチューターの先生なり学務部なりに相談してください。遅くなりましたが、一言お見舞い申し上ました。
草々
学長 茂里一紘
学生の保護者が亡くなられると、私のところに連絡があります。いつも重い気持ちになります。大学から心ばかりの弔意をお届けしておりますが、それとは別に、私は簡単なはがきを学生に送っております。上のはがきは8月に届けたものです。直接面識もない学長からのはがきで迷惑かも知れませんし、また何よりも下手な慰めの言葉で傷つけているかも知れません。
昨日も連絡通知を受けました。56歳のお父様でした。昨年10月からの1年間で9名の保護者の方々が亡くなっております。この4月からですと6人になります。思いがけず訪れる肉親の死。3年前、私も娘の死に遭遇しました。私の場合はまだ社会人でしたから、そのことで経済的基盤が変ることはありませんでした。しかし、保護者を亡くされた学生諸君にとっての変化はどんなでしょう。多くはまだ学費の支援を戴いていたのではないでしょうか。はがきを書く踏ん切りがつくのにいつも時間がかかります。今日もまだ書いておりません。
娘の子が通っている幼稚園の運動会がありました。誇らしげに整列して入場行進をする姿に、私はつい心の中で、
『見てますか。君が遺(のこ)し児(こ)が友と 赤白帽で入場するを』
と叫んでしまいました。亡くなられた保護者の方を「君」呼ばわりすることは失礼ですが、「赤白帽で入場するを」を、「ノートを囲んで討論するを」と置き換えたい思いです。亡くなられたお父様、お母様。仲間と一緒に、広島工業大学で勉強し続けている姿が天国から見えますか。(2008.10.7)
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2008年10月 3日
男女共同参画講演会を実施して
男女共同参画講演会を実施して
本学では毎年人権講演会を開催しております。学びの場にあって人権の意識を高め、かつ現実的な課題にどのように対応したらよいか、ともに学ぶためのものです。今年は、東北大学大学院法学研究科の辻村みよ子先生をお招きして「大学における男女共同参画推進のために」と題して講演をして戴きました。
企画に当たっては、「男女共同参画がなぜ人権問題なのか」というところから議論する必要がありました。それくらい本学にとっては新しい課題でした。しかし、一方では、21世紀の技術には女性の視点と貢献が不可欠であり、10年後20年後の女性技術者の育成は本学の社会的使命であるとの認識のもと、既に「20%の女子学生確保とそのための教育」を掲げ、種々の事業を展開しております(「M20」プロジェクト)。女子学生キャリアデザインセンターはその中心的事業ですが、文部科学省の「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム」や「女子中高生の理系進路選択支援事業」も推進しております。
現在進めている事業はいずれも女子学生を中心とした取組ですが、男子学生に対する教育も劣らず重要です。というのは、将来「男女共同参画」の時代に必ずなりますが、その時、男性技術者である本学男子学生は「男女共同参画社会」に対してそれなりの理解と見識を持っている必要があるからです。そのような教育を展開するには、まずわれわれ教職員が「男女共同参画」に対する基本的理解を持たなければなりません。昨年のアドバイザリーボードでは、一定数の女性教員も必要であるとの指摘も戴いており、その対応も考える必要があります。
講演では、男女共同参画における国際比較、"クオータ(量的割り当て) "や"ポジテイブアクション(積極的改善措置)"に対する基本的理解とその導入に当たって注意すべきことなど、歯切れのいい口調で予定時間めいっぱい多くの興味深いお話をして戴きました。本学で進めている女子学生枠での学生受け入れや女子学生のためのHITスカラシップ制に対しても、指針の制定や制度的整備を行っておいたほうがよいとの指摘を戴きました。女性教員に対する「積極的措置」にあっても同様です。
この種の問題に関する講演会は本学では初めてのものでしたが、72名の教職員の参加がありました。辻村先生からは、技術系大学である本学がこのような課題に取り組むことにエールを送っていただきましたが、同時に、「近い将来、もう一度訪問し進展状況を確認したい」という宿題も戴きました。まだまだ一部の教職員が中心となって取り組んでいる状況ですが、私自身、「男女共同参画教育に力を入れている技術系大学」として社会に情報発信していくことは本学の重要な中期的課題の一つであることを改めて確信させられました。小さな実践を積み重ね、辻村先生から戴いた宿題を成し遂げたいものです。(2008.10.2)
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2008年9月12日
前期末卒業式
今日は前期末卒業の9名の卒業式を挙行しました。3月末の千名の卒業式に比べるとささやかな式でした。しかし、9名それぞれ感慨深いものをもってこの日を迎えたことでしょう。以下は私からのお祝いの言葉として話したものです。人一倍苦労されたことでしょう。心からおめでとうと申し上げました。
遅れたことの意味
ご卒業おめでとうございます。保護者のみなさまにはご子息のご卒業に対し心からお喜び申し上げます。
みなさんは、3月卒業した仲間より余計に学んだから遅れたのでしょうか。あるいは学び方が足りなかったから遅れたのでしょうか。いずれにしろ、当初の予定とは異なって、少なくとも半年、時間的に遅れて卒業したということは事実です。
お盆休みの時のことですが、中央西線で長野県に向かう途中、木曽福島という駅で私の乗った特急が2時間半ほど立ち往生しました。なんでも連日の豪雨の影響で線路脇の立ち木が倒れ、架線にひっかかったということでした。昨年もこの時期に新幹線で上京中、台風の影響で浜松駅で大幅に遅れた経験をしております。私は、こういうこともあろうかと、出かけるときは数冊の小説と超難問レベルのナンプレ(数独)集を持ち歩いています。そういうことで、昨年もそうでしたが、買い込んだビールを片手に時間はいっこうに気になりませんでした。
とは言え、後ろの座席の人が「こういうことならひと電車早いのにすればよかった」と言っているのを聞いて、「そうすればよかったかな」と私も思いました。その日はワクワクものづくり大作戦が開催された日だったのですが、私の役は開会の挨拶だけでしたからひと電車早く乗ることもできたからです。ただ後ろの座席では、「だけど、ひと電車早く乗っていたら、倒木にぶつかっていたかもよ」、「それもそうね」と会話が続いていました。
当初の予定を変更せざるを得ない場面に遭遇するたびに思い出すことがあります。広島湾に似島という小さな島があります。その形から安芸小富士と呼ばれています。そこに似島学園という養護施設があります。広島に来て間もないころでしたが、この学園について書かれた新聞記事を読んだことがあります。
30年以上も前のことで、記憶が間違っているかも知れませんが、終戦直前の話です。当時県庁の人事担当をしていた森さんという方が、広島県の東京事務所に転勤する人事を進めていました。昭和20年の5月といえば東京大空襲の時期です。誰も行きたがりませんでした。森さんは、困って当初の計画を変更し、結局自ら赴任しました。その後8月広島でどのようなことが起きたかは、みなさんが知っているとおりです。県庁に残った人たちの多くは原爆で亡くなりました。
終戦後、森さんは、自分が生き残ったことに何か意味があると感じました。そして原爆で親を亡くした子供たちを引き取って育てるための施設を作るのですが、それが、今の似島学園です。
みなさんも4年で卒業するという当初の計画と異なる結果になりました。「遅れる」ということは、多くの場合、よくないことを意味します。しかし、遅れたことによって、倒木に遭わずにすんだのかも知れません。あるいは、当初の計画とは異なる「遅れ」の中に、森さんのように何か意味があるのかも知れません。
先々週だったでしょうか、「NHK短歌」というテレビ番組でこういう短歌が入選しておりました。
『雑草の 根っこがしんしんと 伸びてきて
誰かの根っこと いつかつながり』
内容は読んでのとおりですが、選者は「しんしんと」という表現がいいと評価していました。私もいい表現だと思いました。「しんしん」には、「静かにしんしんと」という雰囲気や「深く深く」といった意味あいや、さらには力強さも感じられます。雪国に育った私にはしんしんと雪が降る光景が浮かびます。何か秘かな強い決意みたいなものも感じられます。いずれにしろ、根が静かに深くしっかりと張るということです。そうすると、最初は一つの根であっても「誰かの根っこといつかつながる」というのです。
みなさんにもひるむことなく「しんしん」と根を伸ばして欲しいと思います。みなさんにとっての「誰かの根っこ」とは、3月に卒業した千名のことかも知れません。あるいは、森さんが感じたような、遅れなかった人には出会うことのできない「遅れたことの意味」かも知れません。
人生には100%無駄なことというものはないと思います。「常に神とともに歩み社会に奉仕する」という本学の教育方針を忘れないで、「しんしん」と根を伸ばし、「誰かの根っこ」にいつかつながってくれることを願ってお祝いの言葉とさせていただきます。 (2008.9.12)
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2008年9月 5日
「未知」への壮行そして歓迎―― 瀋陽航空工業学院との交換学生
本学では、「中国語に明るい技術者の育成」という目標を掲げ、昨年から瀋陽航空工業学院との間で交換学生事業を行っております。本学からは卒業研究に着手している4年生が瀋陽航空工業学院に2ヶ月程度滞在します。滞在中、先方の教員の研究指導を受けて卒業研究を続けますが、本学の教員も先方に出向き、中間発表会などを行って研究指導をします。いわば、”共同指導卒業研究”です。瀋陽航空工業学院からは、3ヶ月程度本学に滞在し、ゼミ活動に参加し、講義も聴講します。2年間の試行結果を評価して本格的実施への可能性を検討することとしております。
昨年は双方から1人づつの交換でしたが、今年は先方から4名、本学からは幾久君と坂元さんの2名が参加しております。昨年の浜崎君は本人の強い希望で当初の2ヶ月の滞在予定を延長し冬休み中も滞在しましたが、今年は諸般の都合で幾久君と坂元さんの滞在は1ヶ月です。
8月29日に幾久君と坂元さんの壮行会を持ちました(写真1)。2人とも、3月に実施した大連理工大学での語学研修に参加していたこともあり、また中国語の中島先生の熱心な指導もあって、中国語で自己紹介をしてくれました(きっと上手にしゃべれたのだろうと思います)。

写真1
幾久君(中央)と坂元さん(右)の壮行会
(8月29日).左端は中島先生.
今日(9月4日)には、瀋陽航空工業学院から来た4名の歓迎会を行いました(写真2)。昨年の徐静さんに続いて、今年も全員女子学生です。日本語を専攻しているだけあって、はちきれんばかりの元気さで上手な日本語で挨拶と自己紹介をしてくれました。3ケ月後が楽しみです。歓迎会には、受け入れゼミやボランテイアの学生諸君も多く参加してくれました。
4人には、広島での人との出会いや新しい日本語との遭遇を記録するためのノートをプレゼントしました。表紙にはいつものように「高い志と未知に向かう心意気、そして適度の楽天性」と書かせてもらいました。今回は、中島先生に教わって、中国語でも書きました。中国語ではこの種の表現は四文字熟語で表すそうで、「志向高远,探索无惧,乐观积极」と書きました(日本語漢字:志向高遠、探索無懼、楽観積極)。名訳のような気がします。
この事業が、本学の学生、瀋陽航空工業学院の学生を問わず、自分でも気づいていない可能性を若者たちが気づく機会になればと願っています。壮行会、歓迎会で何かそんな予感がしました。(2008.9.4)

写真2
瀋陽航空工業学院からの女性4人衆(9月4日).
右から王さん、斉さん、鄭さん、龐(ホウ)さん、左端は中島先生.
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2008年8月11日
第1回アドバイザリーボードの開催
本学の活動やあり方について外部からの意見を戴く目的で、昨年度から「広島工業大学アドバイザリーボード」が設置されております。7月30日、今年度の第1回が開催されました。
今年度の委員は、伊藤學人(株)イトー社長・広島県地方産業教育審議会委員、篠田道夫日本福祉大学常任理事、中山正幸福山工業高等学校(高大連携協定校)校長、日野佳恵子(株)ハー・ストーリィ代表取締役社長・本学女子学生キャリアデザインセンター外部顧問、山田礼子同志社大学教授・教育開発センター所長、山本一隆中国新聞社副社長、横山健次横山建築研究所所長・本学同窓会会長の7名です。
今回は、(1)自己点検評価の報告書「自己点検・評価報告書(2003~2005)-学部教育-補遺」と(2)初年次教育についてご意見を戴きました。
(1)は、昨年度のアドバイザリーボードで受けた指摘に従って実施した自己点検評価に関するものです。昨年度からの経緯についての説明が十分でなかったこともあってか、報告書の内容(意図)が判りにくかったようです。この種の作業に対する一般的な意見として、「課題として指摘されても何年も対応されない」、「報告書の作成に多くの時間を費やし、教員本来の業務である教育・研究に支障をきたしているのではないだろうか」という指摘を戴きました。前者についてはそのようなことがないようにすべきです。前回の指摘に対応したものが今回の「補遺」でした。後者については、大学人の間では「評価疲れ」という表現もあるくらいですので注意しなければなりません。ただ、法的に求められていることでもあり実施は不可避です。今回のように、点検事項をしぼって実施することは実質的でかつ効率的な方法と考えています。
このたびの点検によって、各学科の学習教育目標を改めて確認し、その達成状況を点検することになりました。点検結果に従い、来年度から、全学的に統一したよりわかりやすい形で学習教育目標を学生に明示し、それと関連づけた形で教育課程表を表示することとしました。その意味では実質的な点検評価になったと考えています。
(2)は、学内委員会である「学習・学生生活の充実方策に関する検討特別委員会」で現在検討している初年次教育についてご意見を戴くものでした。最初にこの問題の専門家でもある山田先生から「初年次教育」について簡単な解説をして戴きました。その要点は「生徒化した大学生を、いかにして学生とするかが、初年次教育である」とのことでした。
これに対して、産業界の委員から、「大人として成長させるためには丁寧に指導すべきということもあろうが、もっと野放しにするほうがいいのではないか」といった意見や「(初年次教育のような)極めて親切な過程を経て卒業した者が果たして社会で通用するか、はなはだ疑問である」といった意見が出されました。山田委員や大学関係者からの説明や反論もありましたが、産業界の委員から、「このような状況に、一番悔しい思いをしているのは大学であろう」という理解は戴きました。
いずれにしろ、教育の現場を見ると、初年次教育は必要であることは否定できません。既に導入しているものも含め、来年度からは検討特別委員の提案をもとに、さらに本格的に実施することとしております。山田委員からは、本学はよく取り組んでいるとのお褒めの言葉を戴きました。
この課題に関しては、終了後もたれたお茶の場でも意見交換が続きました。
本学のアドバイザリーボードには、本学教職員もオブザーバーとして参加します。色々な機会を通じて共通の認識を構築していくためです。
アドバイザリーボードは、今年度中にもう一度開催の予定にしております。昨年度開催された2回のアドバイザリーボードの議事要旨は、「自己点検・評価報告書(2003~2005)-学部教育-補遺」に掲載されております(補遺は、ホームページにアップする予定です)。
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2008年7月14日
イリノイ大学留学生修了式
本学は、日本語・日本事情の学習のためアメリカ合衆国イリノイ大学から短期留学生を受け入れております。これは本学との学生交換協定に基づくもので、本学からも毎年数名の学生が留学しております。
今年は9名の学生を受け入れました。もちろん彼らはイリノイ大学の学生ですが、今年はイリノイ大学へ留学中の学生が多くいました。アメリカ留学中での日本への短期留学です。台湾、香港、韓国、そしてポーランドからの学生がいました。
修了式で私はお祝いの言葉を述べることになっています。今年は「おき土産」について話しました。「みなさん、日本のお土産を買いましたか?」と聞きましたら、みな「はい」と答えました。続いて、「日本語には『おき土産』ということばがありますが知っていますか」と聞きましたが、さすがわかる学生はいませんでした。
日本語を修了した後は日本語で挨拶することになっておりましたが、ここは英語で、「ある土地を訪れた人がその場所を去るとき持って帰るものがお土産、訪問した人が訪問した場所に残していくものが置き土産です」と説明しました。きょとんとしていました。しかし、「みなさんが広島工業大学に滞在してくれたことによって広島工業大学の学生や私たちにいい体験を与えてくれました。それが私たちに刺激となり、また大切な思い出となって残っています。これがみなさんの置き土産です」というと理解してくれました。
いつもは「日本、広島、そして広島工業での体験を帰国してからの勉強に生かしてください」といった話をすることが多かったのですが、今回は、その場で突然思い浮かんだ「置き土産」について話してしまいました。それは、留学生の後ろに座っていた本学の学生がいやに輝いて見えたからです。イリノイ学生の本学留学中、彼らはランゲジパートナーとして、あるいはボランテイアとしてこの事業を支えてくれました。その経験が彼らを輝かせているように思えたからです。土産と置き土産が行きかって、彼らが社会の中核になるとき、国際環境はずっと変わっているだろうと思いました。
ただ、 “置き土産"を一言で表す英語の単語がないことを知りました。こういう概念は英語圏ではないのでしょうか。

修了証書を手にした”Nine Illinois”(2008.7.11)
(中央は日本語・日本語事情を担当された中村清夏先生)
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2008年5月29日
野球応援(2008.5.17快晴)
今日の広島はまさに初夏を思わせる快晴でした。東広島のアクア球場で行われた春の広島六大学野球リーグ戦の広島修道大学戦を応援しました。沼田球場で行われた第4週の広島国際学院大学戦の観戦についで、この春のリーグ戦では2度目になります。前回の広島国際学院大学戦は完敗に近い内容でしたが、今回は0対0のまま延長にもつれ込む熱戦でした。残念ながら12回表に2点を入れられて2対0で敗れました。ヒットの数も7本対5本でどちらかといえば優勢な展開で、何度か後一歩の場面があっただけに惜しい試合でした。私は工大ベンチの上の選手諸君に手が届くような場所で観戦しました。添付のような写真が取れました。最初は静かに見ていましたが、ついつい熱が入り大きな声を上げてしまいました。
選手諸君はよくがんばっていました。先発の今井君(工学部・2年)は最後の12回を投げきりました。今井君のピッチンングは完璧で、確か6回まではノーヒットだったと思います。12回も特に打ち込まれたわけではありませんでしたが、あれよあれよという間に塁が埋まりました。2アウト後もノースリーから2-3に追い込んだ後のショート頭越えのレフト前ヒットでした。
勝負事では「強い気持ち」が何よりも必要です。勝負事は「やるかやられるか」だからです。粘り強く「なんとしてでも」という思いのことです。延長に入ってからは、主将が円陣の皆に「ここまできたら、後は気持ちだ」と檄を飛ばしていました。しかし2点を取られた後の12回の裏は、「なんとしても逆転して勝つぞ」という気迫がいま少しだったように感じてしまいました。負けたからでしょうか。
後記(5月18日)
実は今日も気になって球場まで様子を見に出かけました(私の家は球場から車で10分くらいのところにあります)。12時過ぎ、球場に駆けつけた時はちょうど試合が終ったところでした。場外から見たスコアボードには、「0-4」のスコアが表示されていました。結局このシーズンは広島大学に対してあげた1勝で終わりました。「負けて、悔しい思いを学生時代に存分味わっておくのもいいことだ」と自分に無理に言い聞かせながら、選手諸君に会うこともせず帰ってきました。昨日は今井君のご両親とおじいさんおばあさんも応援に駆けつけていました。「帰ったらご苦労さんと言ってあげてください」と言って別れましたが、これは選手諸君全員に言いたい言葉です。ただ「相手も同じ大学生、秋はひとまわり成長して挑戦しよう」と加えて。

ベンチ前で円陣を組む選手諸君
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2008年4月19日
オリゼミ参加報告(2008.4.19)
オリゼミ参加報告(2008.4.19)
本学では、新入生に対する行事の一つとしてオリゼミを実施しています。オリゼミとは、“オリエンテーションゼミナール“のことで、1.広島工業大学の学生としての自覚を持つこと、2.大学と学部・系・学科を知ること、3.学生同士および教員と学生とのコミュニケーションを深めることを目的として、学部・系ごとに、新入学生全員が先生方と1日ないしは1泊2日を共にする行事です。
私自身、これまで参加したいと思いながらも願いがかないませんでしたが、今回初めて10・11日の情報系と17・18日の機械系のオリゼミに参加することができました。いずれも宮島を会場にとする企画で大学から抜け出して参加することができました。
新入生に加えて世話をする上級生、そして先生方と情報系、機械系とも、300名近い大所帯でした。食事や夕方の行事に集った大広間の光景は壮観でした。学生証番号順にグループが編成されるため、最初は初対面で話もなかなか弾みませんでした。機械系では私は2班に所属しましたが、19名のうち7名が県外出身者ということもあったのでしょうか、最初は自己紹介も途切れがちでした。しかし夕食を境に、雰囲気が変わりました。情報系では夕食から着席するテーブルは自由でしたが、私が座ったテーブルの学生たちは互いに話をしていました。「同じグループですか」と聞いたところ、「違う、そこで知り合いました」と言っていました。翌朝の朝食のときはさらに話が弾んでいました。昨夜は寝なかったというつわものも多くいました。私も幾人かの学生と親しく話をすることができました。少なくとも、目的3の「学生同士および教員と学生とのコミュニケーションを深めること」は、十分できたのではないかと思います。
閉会の挨拶で、私は、「もしドラえもんから、『これまでの人生のうちで2年間だけもう一度繰り返させてやるからいつがいいか』と問われれば、迷いなく大学1、2年生時代をお願いします。その時期を今みなさんは始めようとしております。うらやましい限りです。いろんなことにかかわり、自分の可能性を見出してください」と硬い挨拶をしてしまいました。私には、1人の例外もなく、すべての新入生がそれぞれの可能性を秘めたまぶしい若者に見えました。若干のねたましさもあったと言えば大げさでしょうか。
情報系の時は満開だった桜も、機械系の時はもう多くは散っておりました。たった1週間の違いで宮島の雰囲気も変わっていました。彼らはこれから4年間です。どんな具合に変ってくれることでしょう。2週にわたって参加しましたが、2週とも、弾むような気持ちで家路につきました。一番楽しませてもらったのは私だったかも知れません。
(2008.4.19)
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2008年4月 5日
新入学生の保護者のみなさまへ
本日入学式が執り行われました。参列戴きました保護者の皆様には祝意を述べさせて戴きましたが、お見えになれなかった保護者の皆様には、この場をお借りしてお祝い申し上げます。ご子女のご入学おめでとうございます。高等学校から大学という環境の変化だけでなく、中には自宅を離れて一人での生活を始める場合もあろうかと思います。御心配の向きもあろうかと思いますが、若者の独り立ちの機会として、大学とも連携し、暖かく見守りたいものです。
私からの入学生へのお祝いの言葉として、まっさらな白いキャンバスにこれからの4年間の夢を描いて欲しいと申しました。「夢を描く」とは、自分が必要とされる場でいきいきとして用いられている姿を描くことです。
広島工業大学では、「常に神とともに歩み社会に奉仕する」という教育方針を掲げております。この教育方針にのっとり、教育の現場では、「基礎知識とそれを応用する力」を身につけると同時に、「社会に奉仕すること、環境問題にかかわること、そして技術者としての高い倫理を身につけること」を学習教育目標としています。「社会・環境・倫理」、この三つはいずれも21世紀の技術にとって非常に重要なことです。このような教育方針の下で学べることを誇りに思っていただいていいと申しました。
入学式の終了後、広島工業大学後援会総会が開催されました。いわば、保護者会のようなものですが、学生の活動支援や施設設備整備のために大学に多額のご寄付を頂いております。この場をお借りしてあわせてお礼申し上げます。
本学教職員と親しく懇談する機会として教育懇談会を開催いたします。 10月4日には、本学で開催されます。その後に続く週末には、10の地区において開催されます。今日お見えいただくことができなかった保護者の皆様には、是非その機会にお越し下さい。
入学式は大学の年間行事の中でも最も晴れがましい行事です。折から桜も満開で、新入生の前途を祝ってくれているようでした。私も本当に晴れがましい気持ちになりました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
(2008年4月5日)
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2008年3月25日
卒業生を送って
22日(土)、卒業式が執り行われました。しばらく静寂を保っていたキャンパスにまさに花満開の様相でした。体育館での卒業式の後、学科ごとに学位記授与式が行われました。その後、キャンパスのあちこちで、お別れ会がにぎやかに開かれておりました。教育に携わる者にとって1年で一番うれしい日です。いわば社会との結婚式の披露宴なのですから。単位や卒業研究で苦労した学生も、時には勉強を止めたくなった学生も、課外活動にがんばった学生も、みんな、今日は晴れて結婚式の主役なのですから。
折からの晴天も花を添えてくれました。翌日の23日(日)は雨模様の寒い天候でした。「1日ずれていたら大変だったな」と、今日1日中、思い返していました。ほんとうによかったと思います。卒業したみなさん、今日はどうしているでしょうか。家に帰ってホットしているのでしょうか。それとも二日酔いをさましているでしょうか。私は、「来週からの新しい環境での生活にも早くなれて欲しいな」と思っています。
今年は、同窓生も多く参加してくださいました。若者の船出に参加していただくことによって改めてフレッシュな気持ちになっていただければという思いでお招きしているものですが、今年は、第5期(昭和45年3月)卒業のみなさんと、卒業後25年(昭和58年卒)の同窓生をお招きしました。第5期の方々は還暦を迎えられることになるのでしょうか。ある方が、「よくぞここまでやってこれたな」と述懐しておられたのが印象的でした。大学発足間もないころの卒業で、大学としての実績もなく、就職も苦労されたとのことでした。今日の広島工業大学があるのはこのような先輩たちの積み重ねがあればこそなのだと改めて感じさせられました。
ともあれ、卒業のみなさん、25年後、あるいは還暦を迎えられるころ、先輩たちのように、社会でのそれぞれの体験を携えて、また大学に戻ってきてください。「いい船出を」と式辞を結びましたが、いよいよ来週は碇を揚げますね。あちこちから、ウインチの音が聞こえるようです。
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2008年3月 3日
語学研修生を送って
2月18日と27日の2度にわたって、デラウェア大学(アメリカ合衆国)、マレーシア科学大学(マレーシア)、そして大連理工大学(中国)での語学研修に出かける学生諸君の壮行会を持ちました。デラウェア大学とマレーシア科学大学は英語研修、大連理工大学は中国語の研修です。デラウェア大学には11名、マレーシア科学大学には2名、そして大連理工大学には8名が参加しました。マレーシア科学大学と大連理工大学は、今年が最初の学生派遣です。
英語はいまや国際用語です。母国でなくとも十分学べます。マレーシア科学大学のあるマレーシアはアジアでも有数の英語圏で、英語を学び、英語を実際に使う環境にあります。アジアは今躍動しております。アジアに理解を持つことは重要なことです。欧米だけでなくアジアにも、という思いで準備を進めてきたものです。2名の学生(男女1名づつ)が手を上げてくれたことを大変嬉しく思っています。派遣に当たっては関係の先生方が事前に大学を訪問し、生活環境、学習プログラムなど詳細に打ち合わせをしております。今回は最初でもありますので、英語教員が同行し、様子を視察して来ることとしております。
「中国語に理解のある技術者の育成」は本学の掲げている教育目標の一つでもあります。中国語クラスの中から8名もの学生が参加してくれたことにも大変嬉しく思っています。昨年11月から2ヶ月にわたる学生の相互交流が実現しましたが、今回の語学研修生の中からそのプログラムにも参加する学生が出てくれることを期待しております。
研修生の21名の学生全員に、私から餞別としてノートを差し上げました。表紙には、「高い志と、未知に向かう心意気、そして適度の楽天性」と書きました。そして、「このノートに、出会った人、出会った新しい単語、単語のこれまで知らなかった意味・使い方など、毎日の出来事を書いて欲しい」と申しました。渡したのは、白紙のノートですが、帰って来るときには、それがメモでいっぱいになっている場面を想像して1人悦に入っております。「ひとまわり大きくなって帰ってきたい」という決意表明をしてくれた学生がいました。ノートだけでなく、体の中に消すことのできないインクで多くの体験を書き込こんで帰ってきてくれることを期待しております。
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2007年12月15日
26号館竣工
既に一部供用しておりますが、昨日、情報学部の新設にともなって建設された実験実習棟の竣工式がありました。情報学部の中でも主に健康情報学科が使うことになります。鉄筋8階延床面積約5900平方メートルです。
健康情報学科は、これから重要となる健康について、その維持・推進を生体情報・健康運動・食品健康という三つの視点から総合的に捉え、健康で豊かな生活の実現に貢献できる人材を育成することを目標としております。ここで学んだ卒業生は、健康の維持・推進に関連する製造業や情報産業に従事する技術者、臨床工学技士や健康増進の指導員などになります。
一般の臨床工学科や健康スポーツ学科、あるいは食品工学科と比べて、健康情報学科では総合的な知識を身につけることが特色です。多岐にわたる教育を効果的に行うため、カリキュラムでは体験学習を重視しております。新しい建物は、1,2階が健康運動分野、3,4階が生体情報分野、5~8階が食品健康分野の専門フロアとなっており、それぞれの分野の実験実習設備が整備されています。3分野にわたる教育を実現するため、共通スペースの確保など、教育目標に沿った設計となっております。
式典では、「新しい教育の具現化を」というお薦めの言葉にありました。新学科の新しい教育は、「社会・環境・倫理」を教育学習目標として、新装なった建物の中で「カタチ」と成っていくことでしょう。

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2007年10月30日
「外が学び」の志士たち
社会は閉鎖系から開放系に変わりつつあります。閉鎖空間である大学の教室だけで学び尽くす時代は終りました。教育改革18(HIT教育)の目玉の一つである「外が学び」は、学びの場を学外に求める開放系教育の一つの試みです。
「外が学び」は発展学習トラックのカリキュラムとして開設されている科目ですが、「HITインターンシップ」と「海外での学び」があります。「HITインターンシップ」は1ヶ月程度の比較的長期の企業研修で、事前・事後の発表会を行い、中間には本学教員が研修先に出向き、中間報告会を持ちます。企業の力をお借りして、キャンパス外を教育現場として行う教育です。期間中、就職先企業あるいは新規採用者としての “見きわめ”をするのも目的の一つとしております。「海外での学び」は、海外の協定大学に一定期間在学し、語学の修得や専門科目の履修あるいは卒業研究を行うものです。正式には、教育改革18による新カリキュラムが適用される学生が3年生となる来年度から実施されることになっておりますが、すでに“試行”として実施されています。
「HITインターンシップ」を終えた学生の事後報告会が開催されました(写真1)。今年は43名が参加しました。時間の関係で8名が発表してくれました。みなさんの報告を聞き、ひと皮むけた成長を感ずることができました。「2年生には来年度是非参加して欲しい」と強く訴えた報告もありました。私は自校教育論の講義の中で1年生に参加を勧めていますが、それよりずっと迫力がありました。
「海外での学び」は、瀋陽航空工業学院との間で学生交流が実施されることになりました。瀋陽航空工業学院から4年生の徐静さんが来日しました。本学からは工学部の浜崎君が先方に出かけました。浜崎君は卒業研究を行ってきますが、11月下旬、指導教員の原先生と中国語担当の中島先生が先方に出かけて先方の先生と共に指導をします。徐静さんは、環境学部環境デザイン学科で森保先生の指導を受けながら本学での勉強をします。
10月26日は、徐さんが来日した翌日、そして浜崎君出発の前日にあたり、2人が広島工業大学で重なる唯一の日でした。歓迎と壮行を兼ねて、昼食をともにしました。浜崎君は学長の前で緊張のしまくりでしたが、徐さんはまだ広島弁に感染していないきれいな日本語で楽しそうに会話に加わっていました(写真2)。
「中国語に親しみを持つ技術者の育成」はHIT教育の目標でもあります。双方一人づつという最低限の規模で始まりましたが、近い将来大きく育つことを確信しながら、二人の若者との楽しい一時を過ごしました。
![]() | 写真1 HITインターンシップ報告会 |
![]() | 写真2 浜崎君(右)と徐静さん(中央) |
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2007年10月 9日
Uターン就職支援懇談会
このたび、松江と松山で開催した教育懇談会にあわせて、「Uターン就職懇談会」を持ちました。初めての試みでしたが、島根、愛媛およびその近辺の出身学生と、OB、OB関連企業、県、市、商工会議所のかたがた、また教育懇談会出席の保護者にも参加いただきました。本学の学生には大学からバスの便を手配しました。
Uターン就職については、若者は広く全国あるいは世界に羽ばたくべきではないか、自分の可能性に地域的な制約を設けることは若者らしくない、という考えがあります。もちろん、全国や世界に羽ばたく若者が必要です。しかし時代が変わりました。それと同じくらい、外で学んで、故郷に新しい価値を創造するためにUターンする若者が必要とされています。
本学に学ぶ多くの学生の出身地は、経済的にも東京や大阪と比べようもない地域でしょう。それらの地域は若者の知恵と力を必要としています。誰でも出身地に対して愛着を持っております。愛着は困難に立ち向かせ、そこから新しい価値を生み出す力を与えます。何もない更地に、あるいは古いものを根こそぎ壊して新しい物を作る時代は終わりました。今必要とされている技術は、これまで長年かけて作られてきたものを生かしながらそこに新しい価値を加えてよみがえらせる技術、ルネッサンス的技術です。これこそがこれからの技術であり、それを担う人材がこれからの創造的技術者です。地方にはそれが必要とされています。
宮崎県知事の東国原知事がいい例です。宮崎県は多くの課題を持っている典型的な地方県です。その困難を省みず彼を動かしているのは故郷に対する愛着です。他県出身者にはそれを期待できません。そして彼は、宮崎県という故郷に全国の人々が注目する新しい価値をつけ、「宮崎ルネッサンス」がおきようとしております。
「故郷に錦を飾る」は昔のことです。今求められているのはすでに存在する故郷を見直し、新しい価値をつける故郷ルネッサンスをもたらす発想と大都会に出向いて行く以上の行動力です。Uターン就職は「故郷に錦を飾る」以上に重要なことなのです。
広島工業大学は、「地域にあって存在感のある大学」を目指していますが、それは、誇りと情熱と知恵と力をもって出身地域にUターンする人材を育成するということでもあります。広島工業大学では、このような考えのもとでUターン就職を推進しております。
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2007年9月28日
新学期始まる
9月21日から、後期の学期が始まりました。静かだったキャンパスも、また多くの若者が行きかう空間となりました。1ヶ月半の夏休み中に学生諸君はそれぞれ学期中とは異なる体験によって成長したことでしょう。語学研修に出かけた学生もいます。休み中にお父さんを亡くされた学生もいました。1号館のエレベータで乗り合わせるたびに、「この学生にはどんな変化があったのだろう」と思わされています。
大学でも休み中にいろいろな行事がありました。AO入試が行われ、9月22日の2次試験で199名を受け入れることになりました。9月8日には第2回オープンキャンパスも開催されました。8月24日には関西国際大学の濱名篤学長先生をお招きして、学生の成績評価はどうあるべきか、講演いただきました。教育に関する基礎的な理解を教員で共有し、具体的な実践に取り組むための勉強会でした。
学期が明けて、大学は各地で教育懇談会を開催しております。諸般の事情で開催地は限られますが、保護者の皆様にはこの機会に是非ご参加下さいますよう改めてご案内申し上げます(開催日程・会場などについては学務部にお問い合わせ下さい)。私も極力でかけることとしております。本学を会場とする懇談会は11月3日(土)に予定されております。大学祭の最中ですが、大学の雰囲気を知るいい機会でもあります。是非足を運んでいただければと思います。
学期初めの週はなお暑い毎日でしたが、10月の声とともにさすが秋らしくなりました。4年生にとっては卒業研究佳境の時期、3年生にとっては将来の進路を考え決定する時期、2年生にとっては学生時代の真夏の時期、1年生にあっては、本格的な学生生活の時期であります。皆それぞれ思いを新たにして、後期の活動にエンジンがかかっていることでしょう。実り豊かな半年となって欲しいと願っています。
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2007年9月 4日
新発想の学生支援プログラム「技術系女子学生の継続的なキャリアデザイン」
このたび、文部科学省の「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム」に応募しておりました標記プログラムが採択されました。本プログラムは、広い意味での技術系の大学である本学にあって、女子学生のキャリア形成に全学的に取り組もうとするプログラムです。
女性技術者の社会進出が今日の「社会的ニーズ」であることは改めて言うまでもありません。本学では、本年1月1日、女子学生キャリアデザインセンターを設置し、女子学生の職業意識の向上を目指した活動を開始しておりました。そのような中でたまたま今回のプログラムの公募があったわけです。女子学生キャリアデザインセンターを中心に取り組もうとしていた将来計画をそのまま申請しました。
多くの女性が遭遇するであろう結婚・出産・育児を想定したライフサイクルを視野に入れたキャリア形成に取り組むこと、そしてそのための特別カリキュラムの開発・試行・評価と正課教育での実施がプログラムにもられていますが、それらが高く評価されました。
雇用機会均等法が施行されて10年以上になりますが、技術系の女子学生の専門家としての就職にはなお厳しい現状があります。技術系の大学のひとつとして、本学には女性技術者を受け入れる環境整備に取り組む社会的使命があります。女性技術者の潜在的能力の顕在化と女性技術者特有のスキルの習得を中心とした本プログラムは、その使命達成のための一歩です。
多くの女性技術者がはつらつと活躍することのできる社会となることをわれわれの取り組みの大きな目標としております。
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2007年7月23日
第1回オープンキャンパス
心配された雨もあがり、今年度第1回のオープンキャンパスが開催されました。今年は、遠方からの参加者のためにバスの便の提供や、全体説明をバスの到着にあわせて3回に分けて行うなど、いろいろ新しい工夫をしました。また各学科の企画も充実したものになりました。同行の保護者や先生方も含め、約1100名の参加者がありました。
私は、今年も学長カフェを開きました。3度の全体説明会の挨拶のために抜けながらも、10時から3時すぎまで、生徒さんたちだけでなく、保護者の方々や高等学校先生方と歓談しました。以前訪問した高校からの生徒さんとはその学校の話をしたり、工業高校の先生とは「スペシャリスト」育成のためのカリキュラムでの提携の話をしたりしました。私にとってはいろいろなかたがたと話ができる機会で、大変楽しい時でした。
今年の生徒さんたちは、はっきりとした考えや志望学科を持っているという印象を持ちました。「情報技術者になりたい」、「橋を作りたい」、「環境問題に取り組みたい」、「電気技術者になりたい」、「建築士になりたい」などなど。そのため、話は「そのため」より、「その後」の話になることが多かったようです。「そのため」とは入試、「その後」とは大学での学びや大学卒業後のことです。就職の話もしました。
「志を持つことが何よりも大切です。偏差値で進路を決める時代は過ぎています。21世紀に生きていく力は偏差値からは生まれません。将来への志や大学での学びに対する熱い思いが大切です。高等学校での今の勉強にいっそう励んで欲しい」、生徒さんたちにはそのように話しました。
幾人かの本学卒業生がお子さんと一緒に見えていました。「常に神とともに歩み社会に奉仕する」という本学の教育方針が親子の間での共通の話題になればすばらしいことだと思いました。
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2007年7月10日
保護者の皆様へ/兄弟姉妹在学に対する授業料減免措置について
保護者の皆様にありましては、本学の教育に日ごろからご理解とご協力をいただいておりましてありがとうございます。
かねてから強い希望のございました兄弟姉妹が本学に在学しておられる場合の授業料等に対する減免につきましては、他大学のケースなど調査研究をしてまいりました。遅くなりましたが、過日開催されました理事会に、「兄弟姉妹で在学する場合、二人目以降の学生の授業料・施設設備資金を半額に減免する」という案を提案いたしました。審議の結果承認され、既に在学の場合も含め、20年度から適用することとなりました。
兄弟姉妹で在学している保護者のかたがたからの希望だけでなく、本学の教育方針を評価いただき、できれば2番目のご子女も本学に進学させたいが、二人を在学させるには経済的な負担が大きすぎるという声も何度か聞いてまいりました。このたびの措置がそのような状況に対して少しでもお役に立てばと願っています。
私学は建学の精神や教育方針から醸成される学風がもっとも大切です。本学は、「教育は愛なり」の建学の精神と、「常に神と共に歩み社会に奉仕する」という教育方針から、私は「人と人との関係を大切にすること」、簡単に言えば「誠実」が本学の学風であるとあちこちの場で申しております。
ご家族で夕食のテーブルを囲んで、あるいはお子さんが帰省したときに、本学のことが話題になるような場面を想像しております。そこに弟さんや妹さんも加わることができれば本当に素晴らしいと思っております。
広島地方はこのところ梅雨らしい天候の毎日が続いております。地方によっては、渇水や大雨の被害があることを伺っております。学生諸君は、今は前期のラストスパートの時期かと思います。夏休み明けに各地で開催される教育懇談会でお会いできる機会があればと願っております。ご自愛ください。
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2007年6月23日
本学教員の不祥事について
去る6月18日開催の理事会で本学准教授に対して、停職6ヶ月の処分が決定されました。監督管理の不履行で学長は減給1ヶ月(10%)の処分を受けました。同准教授から提出されていた退職願は同日付で受理されました。
大変残念なことですが、このようなことが今後二度と発生しないためにも、卒業研究指導に関する教員へのガイドラインの策定、科学研究費補助金の執行に関する規定の制定、学外との共同研究および委託研究の実施に関する見直しなど今回の不祥事に関係した事柄に対して早急に対策を検討することとしております。
本学は、専門技術に関する基礎・応用の学びとともに、本学の教育方針である「常に神と共に歩み社会に奉仕する」が意味する「社会・環境・倫理」を身につけることを学習教育目標に掲げております。私が担当している自校教育論でも、「技術者としての倫理」について話をしております。
それだけに、教える立場にある教員の中から今回のような不祥事が起きたことはただただ無念の一語です。
自校教育論では、私は「一瞬の判断」の大切さを学生に話しております。一瞬の「血迷い」がとんでもない大きな不祥事となります。例を出しながら、それを防ぐには、日ごろから災害訓練のように反射的に対応できるように訓練しておく必要があると話しています。新聞記事で不祥事を読んだら「私がその会社の社長ならこうする」と対応のシミュレーションをすることも一つと話しています。
しかし今回の件はじわじわと深みにはまっていった、いわゆる「慣れ」による不祥事です。この種の不祥事の予防については学生には話してはおりませんでした。ただ、私は「神と共に歩む」の「神」は「Something great」と学生に説明しております。誰が見ていなくとも、「Something great」はつねにわれわれの後にいるということです。その「Something great」に説明できるかということです。「畏るべきものを常に意識する」ということでしょうか。「Something great」に「説明できるか」と常に自問することでしょうか。
重い気持ちでここまで書いてきました。
これを機会に広島工業大学が一回り大きく成長しなければならないと思っています。
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2007年6月 6日
広島工業大学と呉地域との産学官連携シンポジウム
足掛け10ヶ月をかけて準備してきた「広島工業大学と呉地域との産学官連携シンポジウム」が開催されました。基調講演とパネルディスカッションそして懇親会と、和やかな雰囲気のうちに終えることができました。
本学には現在211名の呉地域出身の学生が在学しております。呉地域には、呉市役所の92 名をはじめ、多くのOB が働いております。本学にも呉ゆかりの教員がおり、今回のシンポジウムはその先生方6名が中心となって企画していただきました。何よりも、呉は戦後、「ものづくり」と港を背景にした産業で栄えてきた町です。ものづくりは本学の教育の原点でもあります。両者の確実な共有点です。
本学と関係深い呉地域の特色を生かした産学官連携について意見交換をしようということで企画されたものが今回のシンポジウムでした。当日は、呉地域出身の学生の保護者の方々にもご案内を差し上げご参加いただきました。
懇親会の席で、在学生のお母さんとお話をする機会がありました。「上のお兄ちゃんは東京勤務となり出たきりである。だから広島工業大学に学んでいる次男には卒業後も呉に残って欲しい」とのことでした。「呉にこんな立派な企業があるとは知らなかった」とも話しておられました。そんなお母さんに、私は、「愛着のある地元にとどまって働くことは素晴らしいことです。これからはそんな人材が必要です」と言いました。
実は、「長男だから地元で就職したい」という学生には、「そうか」と表向きは理解を示しはするものの、心の奥深いところでは、「二十代の若者が長男だからといってなぜ地元なのか」という考えを私はずっと持っていました。「全国に、世界に」というのが私の考えでした。
今回のシンポジウムで基調講演をされた奥原商工会議所会頭は地元企業の2代目社長です。先代から事業を引き継ぐと同時に新しい事業を展開し成功させています。パネリストの下中さんもお父さんの会社を引き継ぎ、今は新しい事業を行う会社へと発展しています。2代目は、事情を知りすぎるくらい知っている先代の企業を有無を言わさず引き継がされます。子供のころから見慣れた会社は、2代目には他の企業に比べ、大した魅力もないものに見えたかもません。しかし、見慣れていることは潜在的な愛着があることでもあります。その愛着に志が加わるとき、これまでにない発展をさせるための大きな力となります。
お母さんに言いたかったことは、「地元で働く」ということはそんな「2代目」と同じなのではないか、ということだったのです。奥原さんと下中さんに接して、私はそんな見方ができるようになりました。
これからの地域おこしも、地域への愛着と志を持った人たちにできることです。だとすれば、地元で働くことは崇高な価値のあることです。中央へ中央へとなびくのは20世紀的発想に過ぎないのかもしれません。私にとってのこの新しい見方は、大きな大きな収穫でした。

写真1 シンポジウムでの
パネルディスカッション
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2007年5月21日
はしかの流行について
連休が明けた5月7日から10日にかけて、12名の学生からはしかにかかったという報告が出されました。そのうち10名は連休中に治癒したというものでしたが、校医や保険センターからのアドバイスをいただきながら、状況把握をしてきました。
15日に、本学学生が麻疹に感染したことと予防法などを掲示しましたが、その後、さらに7名から報告がありました。現在、1名を除くすべての者から治癒証明書が出され、下火になったかと思われます。なお状況を正確に把握するため、欠席が続いている学生があるか、その理由は何か、調査に取り掛かっています。また、再度掲示を出し、学生諸君に予防接種を勧めております。特に学外に出ることのある学生には強く勧めております。
今回の感染は、ワクチン接種があまりなされていない世代に当たるとのことです。保護者の皆様にありましては、ご子女がワクチン接種をしているか、またこれまで感染したことがあり免疫があるか、確認いただき、注意を喚起いただければと思います。
下火になって、学業に支障が出ないことを願うばかりです。
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2007年4月17日
HITファイブの帰還
あえて「帰還」と言おう。アメリカ合衆国のデラウェア大学での語学研修を終えて5人の学生が無事帰ってきました。幕末、当時の長州(現在山口県)からイギリスロンドン大学に留学した5人の物語の映画である「長州ファイブ」になぞらえて、彼らのことを「HITファイブ」と言って送り出しました(学長日記2月19日参照;「HIT」は広島工業大学のことです)。今の時代は、幕末の動乱の時代に比べようもありません。しかし、少し大仰ですが、彼らにとってはすべてが初めてのことで、やはり「帰還」がふさわしいように思います。
今日は、そんな彼らと一緒に、大学の近くのレストランで、歓迎の昼食会をしました。「日本語のメニュー、日本語の会話、日本語のジョーク、みんな英語でなくていいだろう」とわたしが言うと一様にうなずいておりました。正直です。1ヶ月弱の滞在で急にうまくなるほど外国語の修得は甘くありません。
5人5様、いろいろ苦労や失敗をしたようです。風邪を押して出かけ気管支炎になったX君。到着するや否や、英語で話せる病院に行ったそうです。prescription を読み間違えて、1日1錠の鎮痛剤を1日3回飲んだそうです。Y君、新幹線を間違えて、関空に到着したときは出発30分前だったとのこと。みんなくわばらくわばらです。極めつきは、帰途フィラデルフィアを出発した飛行機が機材不良で引き返し、空港近くのホテルで3泊の足止めを食ったことです。
『通じなかった勘違い英語』(学長日記2月19日参照)について詳しく聞く時間はありませんでしたが、日記はつけてくれていたとのことでした。「レモン」の発音がどうしても聞き取れなかった」という体験を話してくれました。5人の体験を全部聞くには、何回も食事会をしなければならないでしょう。このような話を聞くとやはり「帰還」がふさわしい表現に思えます。
24日に予定されている「海外留学・研修説明会」では体験を話してくれることになっています。また6月イリノイ大学から11名の学生が来ますが、その学生たちを支援するボランティアになると言っていました。「HITファイブ」の5人は、たくさんの「未知」の体験を体の中にしみこませて帰還してくれたと思います。「もう一度行ってみたい」という人もいましたが、今回の体験がこれからの学びに必ずや生かされるものと確信しております。またその体験が広島工業大学の学生に‘伝染’することを願っています。
食堂を出るときは2時半になっていました。短く感じた長いランチでした。
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2007年4月 5日
入学宣誓式:風雲急を告げる
昨日、4月4日、新入生952名、大学院進学者51名の入学宣誓式がとり行われました。新入生を受け入れるときは、大学教職員にとっては、適度の緊張感とともに最も素直に喜ばしく感じるときです。おりからキャンパスの桜は満開で、私自身大変晴れやかな気持ちでした。
しかし、式が終った後、風雲急を告げるかのように冷え込み、そして土砂降りとなりました。参列の保護者の方々には雨具の用意もなく、お帰りの際は最悪の状況となりました。
私はお祝いの言葉として、伊藤博文、井上勝など長州の5人が新しい世界を学ぶためにイギリスのロンドン大学に留学したという、江戸時代末期、萩の町でおきた話を引き合いに、みなさんも大学という新しい世界に出かけるに当たって志を持って欲しいと話しました。萩の町の小さな路地が、新しい世界を目指す若者の志と志がすれ違って行き来していたように、このキャンパスがみなさんの志が行きかう場となることを願っていると話しました。
その話をしたあと、4月初旬とは思えない風雲急を告げるように空模様が変わったものですから、私はひとり心の高ぶりを感じました。それは、風雲急を告げる天候変化に江戸時代末期の躍動的変化を連想させられただけでなく、広島工業大学の新しい時代到来の躍動の予感を覚えさせられたからです。
そんなことで、これまでとはまた一味違った印象深い入学式となりました。
新しい若者のこれからの4年間の成長を願うと同時に、われわれ教職員の責任の重さも改めて感じさせられました。
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2007年3月17日
卒業式
好天に恵まれて卒業式が行われました。大学院修了生72名、卒業生961名に学位記を授与しました。実は今年の卒業生が入学した年に私は本学に着任しました。総合特別講義を担当したのもこの学年が最初でした。そういうこともあって、ことのほか感慨深い思いがいたしました。
卒業式の式辞は学長の重要な仕事の一つでしょうが、何回やっても緊張します。今年は「広島工大」vol.200に書いた内容を話しました。先端的技術といわれる技術が日常生活に浸透するにつれ、技術者は『社会』を意識することが重要となる、本学の教育方針『常に神とともに歩み、社会に奉仕する』は、まさにそれを表したもので、誇りに思い、終生、心の片隅に持ち続けてくださいと話しました。社会に奉仕するプロの技術者として、現場で一つ一つの生き様を積み重ねて欲しい、それがひいては広島工業大学の学風を作ることになるとも申し上げました。
大学院修了生を代表して大谷芳範君、卒業生を代表して石川裕隆君が謝辞を述べてくれました。在学中の苦労の一端を述べながらも、二人とも学業をやり終えた喜びと感謝を自分の言葉で語ってくれました。教職員を代表して壇上で私が受けましたが、石川君の謝辞の後、期せずして卒業生から拍手が出ました。これまでの4回の卒業式で初めての経験でした。胸が熱くなるのを覚えました。まさに教師冥利の瞬間でした。ありがとう。そしておめでとう。
『巣立ち行(ゆ)く 千三十三人のそれぞれに 千三十三の道 広ごりてある』 一柊愚作。
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2007年3月 6日
保護者のみなさまへ
広島工業大学後援会の理事・評議員会が開催されました。後援会の皆様には、日ごろより本学の教育研究にご支援いただき感謝申し上げます。今日は、15名の理事と20名の評議員が出席されました。平成18年度の事業報告と平成19年度の事業計画が審議されましたが、開会に当たり、日ごろの財政的なご支援に対するお礼とともに以下のような挨拶をさせていただきました(概要)。
「学生としての4年間は、平均寿命が80歳となった今日、人生のたった5%です。しかし、私自身にとっては大変貴重な時代でした。年齢をかさねるに従い、その思いが強くなります。お預かりしている皆さんのご子女にあってもそんな学生生活にしたいと、建学の精神「教育は愛なり」のもと、教職員一同全力を尽くしております。ただそうした中にも、教育・指導のあり方について、学生諸君から問題提起が出されております。誠心誠意対応しております。
今、大学には社会に対してきちんとした説明責任を果たしていくことが求められております。後援会は、本学をよく理解していただいている方々のグループであると同時に、もっともわれわれに近い社会でもあります。皆さんに説明できずに、社会にできるはずがありません。そのような意味で、本学の教育研究など活動について率直なご意見をいただければありがたいと思っております。今後ともよろしくお願い申し上げます。」
大学からは、学生生活や就職状況について説明させていただきました。私からは特に、来年度から措置することとなった学生指導担当教員制度と広島工業大学特別給付奨学金のことについて説明させていただきました。
総会の持ち方についても意見が交わされました。結局これまでどおり、入学式の後、開催することが決定されました。
後援会の皆様と大学との交流を密にすることについても話し合われました。その一つとして、「教育懇談会」の場をこれまで以上に活用していこうということになりました。来年度の教育懇談会の日程は次のとおりです。手帳に書き留めておいていただければ幸いです。また大学祭やふれあいフェスタなど大学の行事についても積極的に参加していただくようご案内申し上げました。また、本学ホームページでの情報提供もご利用いただくようお願い申し上げました。
これまでに増して、貴重な意見交換がなされ、大変有意義な会合でした。
【2007年度教育懇談会予定】
9月29日(土)12:00~ 大分(大分リーガルホテル)
9月30日(日)12:00~ 松江(ホテル一畑)
10月 6日(土)12:00~ 高松(高松東急イン)
松山(リジェール松山)
周南(ホテルサンルート徳山)
10月 7日(日)12:00~ 姫路(ホテル日航姫路)
福山(福山ニューキャッスルホテル)
10月20日(土)12:00~ 徳島(徳島東急イン)
福岡(ホテルクリオコート博多)
10月27日(土)12:00~ 岡山(ピュアリティまきび)
三次(三次ロイヤルホテル)
11月 3日(土)11:30~ 広島(広島工業大学)
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2007年2月21日
HITファイブ壮行会
アメリカ合衆国のデラウェア大学の語学研修に出発する5人の学生の壮行会に出席しました(写真1)。必要経費の関係で、派遣最低人数を10名として計画していましたが、参加希望者が7名ということで、中止する方向で対応していました。ところが、参加希望者のうち5名の学生がどうしても参加したいということで実施することにした経緯があります。
個人的なことになりますが、先日、家内と萩を訪れました。そして、「長州ファイブ」という映画が封切られたことを知りました。「長州ファイブ」とは、幕末、当時の長州(現在山口県)からイギリスロンドン大学に留学した5人の物語のことだそうです。5人とは、後に鉄道王といわれた井上勝、最初の総理大臣となった伊藤博文、工部卿山尾庸三、そして井上馨と遠藤謹助です。その後の日本の発展に大きな貢献をした人物ばかりです。
デラウェアに出かける学生が5人ということを知って、その「長州ファイブ」のことを思い出しました。「HITファイブ」です。もちろん当時の留学と今の留学では天地の違いがあります。しかし、5名全員が1年生。そして井上勝も20歳のときでした。未知の体験に対する思いと不安は今も昔も変わらないのではないでしょうか。
そんな5人に、私は、「高い志と未知に向かう心意気、そして適度の楽天性」という言葉を贈りました。君たちには長州ファイブと同じくらいの「高い志」はある、そして5人でも行きたいということで実現したのだから、「心意気」もある。ただ、現地で、英語の大海(たいかい)に翻弄(ほんろう)され疲れきることもあろう。あるいは、自分の力の限界を感じることもあろう。そのような時、「適度の楽天性」を思い出して欲しいと申し上げました。そしてこの言葉を表紙に書き込んだ大学ノートを1冊づつはなむけとしてプレゼントしました(写真2)。「”notebook”でなく、”note”のほうがいい」と言われることを心配していました(英語でnoteは紙幣という意味があります)が、滞在中の記録ノートです。「左のページにはその日にあったこと、右のページには、その日に初めて出会った英単語や通じなかった勘違い英語(マナーモード、バイクなど)を書くように」と、自校教育論で話した「ノートのとり方」の一部をまた話してしまいました。「『通じなかった勘違い英語』としてまとめると行かなった友達や後輩にも役立つね」とも言いました。ノートの記録もさることながら、私は、「HITファイブ」には、たくさんの「未知」の体験を体の中にしみこませて帰ってきてほしいな、というのが本当の思いでした。
何よりも、無事かえってくることを願って激励しました。
写真1 壮行会での挨拶 |
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写真2 プレゼントのノート |
プレゼントのノートの表紙に書き込んだ言葉 「高い志と未知に向かう心意気 そして適度の楽天性」 |
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2007年2月20日
教員業績評価システムの導入
2月15日の合同の教授会で、「教員の業績評価システム」が承認されました。学生による授業評価については、2004年度後期から先行実施しておりましたが、評価システム全体の完成に至るまで3年あまりかかりました。
評価システム導入の目的は、教員による自己点検・評価を可能とし、大学教員としての資質向上に役立てること、組織の目標に沿った評価基準を設けることにより、組織としての目標到達を図ること、そして本学教員としての業務実績を定量的に表示することです。評価結果は、極力公表し、社会的な説明責任を果たしていきたいと考えております。個人の業績評価結果は本人に限り知らせることとしますが、教員業績評価の総体としての機関評価結果と個人の業績データベースは公開します。
教員の業績(業務)を、教育、研究、大学運営、社会貢献の4つとし、それぞれの活動実績を、構成員の平均的活動を基準値として定量化する方法で、機械的な対応ができるという長所があります。しかしながら相対評価であるという限界があります。実績を積み重ねていく中で、絶対評価も可能性となるでしょう。教育、研究、大学運営、社会貢献の業績には、それぞれ、0.6、0.3、0.2、0.1の重みを導入します。これは大学としての方針となります。定量化されにくい業績を補うため、特段の個別的業績に対する特別業績と目標達成に対する自己評価を考慮することとしております。評価項目の妥当性やポイントについては、試行を経ながら改善していきます。
評価結果は、昇格審査および研究費の傾斜配分が行われる場合の根拠データとします。また理事会から制定を要請されている大学としての評価制度とします。評価結果の活用にあっては、活用の目的によっては、4つの個別業績をそれぞれ個別に活用することなど多面的な活用があります。来年度から、2006年度データによる業績データベースの作成に取りかかり、評価方法の検討・改善に着手する予定です。2008年度の昇格審査に活用する予定です。
評価の中でもっとも難しいものは教育業績でした。特別検討委員会や教授会で縷々議論しましたが、「教員の教育実績を評価できる第一人者は学生である」という理解に立ち、いろいろ問題を含んでいることを承知の上で、学生による評価を教育評価の中心に据えました。今後、 HIT 教育機構の「FD・教育評価部門」が中心となって改善を重ねていきます。
長い時間がかかりました。この種の定量的評価には、多くの本質問題があることは重々承知しています。しかし一つの山が動いたことは事実です。かねてから申し上げている「脱皮」の一つです。これからは、脱皮して生まれた新しいシステムを大切に育てていきたいと思っています。
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2007年2月 3日
一般入試Aの合格発表
本日、一般入試Aの合格発表がありました。大学進学の志を立て、受験勉強をし、志願する大学を決め、受験し、そして合格したみなさんの発表です。おめでとうございます。
合格されたみなさんには、学長からの「合格はがき」を同封させていただきました(大学祭の「合格まんじゅう」にあやかってそう呼ばせてもらいます)。その中で、本学のことを、
・めんどう見のよい大学
・キャリア・就職指導実績の大学
・あいさつをする大学
と紹介し、詳しくはホームページを見てくださいと書きました。以下はその補足説明です。
1)めんどう見のよい大学
きめ細かな教育のことです。 建学の精神「教育は愛なり」は、「一人ひとりの可能性を信ずる」と教職員で理解しあっています。基礎科目を十分学んでいない学生には、教育学習支援センターがあります。これは、「やればできる、できないのはやっていなかっただけ」を実感するためのセンターです。また4月から、学生指導担当教員制度がスタートし、社会経験豊かな人の先生が着任される予定です。学生生活、就学上の問題、あるいは人生問題など、あらゆることの指導に当たっていただくものです。教育改革18の目玉である、多様な学びのための「トラック制」の発展学習トラックの科目履修もいよいよ始まります。
2)キャリア・就職指導実績の大学
本学には多くの企業から求人が来ます。2月20~23日に開催予定の学内企業説明会には約280社が参加予定です。本学では、内定率ではなく、就職の質を重視しております。正社員であることは言うまでもありませんが、できるだけ専門性を生かせるよう就職指導をしております。そのための長期インターンシップ(発展学習トラック科目)には地域から大きな期待が寄せられています。Uターン就職相談コーナー、女子学生キャリアデザインセンターも動きだしています。こうした取組みの結果、本学卒業生の早期離職率は11.6%で、全国平均の3分の1です。
3)あいさつをする大学
4年前、広島工業大学に着任してびっくりしたことがあります。それは学生のみなさんがよく挨拶や会釈をするということです。エレベーターに乗り降りするとき、キャンパスですれ違うとき、はたまた大学近くの学外でもそうです。もちろんしない学生も多くいます。しかし前任の大学の比ではありません。特段“挨拶の校門指導”をしているわけではありません。上級生が挨拶するものだからなんとなく新入生も挨拶するようになるのではないでしょうか。
考えてみれば、挨拶はコミュニケーションの原点です。世の中ではコミュニケーション能力が求められていますが、本学にはその原点があるということです。21世紀は「挨拶のできる技術者」に貴重な価値があるのではないかと思わされています。
今回は、日記というより少し宣伝がましい話になりました。お許しください。
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2007年1月30日
2007年を迎えて
新しい年を迎えてもう1ヶ月になります。今年は皆さんにとってどんな年になりつつあるでしょうか。私にとっては本学学長として迎える4回目の新年ですが、一層厳しい年の始まりでもあります。1月4日開催された合同の教授会で、恒例の新年の挨拶をいたしました。1月遅れになりますが、以下はその概容です。
われわれを取り巻く状況は極めて厳しい状況です。しかし、厳しいときにこそ原点に立ち返るというのが鉄則ではないかと考えます。昨年末、名誉総長が亡くなられましたが、彼の志を今日的な状況の中で受け継ぎ、さらに発展させていくことを改めて確認したいと思っています。彼の志とは、建学の精神の「教育は愛なり」であり、教育方針の「常に神と共に歩み社会に奉仕する」です。
昨年2月23日には、学園創立50周年を記念して同窓会の寄付による教育方針の石碑を設置しました。寒い日でしたが、そこには名誉総長もお見えでした。6月9日の記念祭典にもお見えになりましたが、親しく参加された大学最後の公式の行事だったのではないでしょうか。横山会長には、「同窓会にはいいことをしていただいてありがとう。」と改めてお礼申し上げました。今となっては、最後の行事としては最高のものではなかったかと思っています。
その教育方針のことですが、私たちは、教育改革18の特別委員会で、本学の教育方針(どちらかというと技術系大学としての理解が容易でない)を具体的にどのように教育の中で展開するか、名誉総長のお考えも付度しながら議論しました。そして、「社会・環境・倫理」という三つのキーワードが含まれていると理解し、それを教育の中に据えることとしました。
告別式の式次第のうらのページに、本学の教育方針に関連する出典ではないかということで、「正義を行い、慈しみを愛しへりくだって神と共に歩む」という旧約聖書ミカ書の言葉が記されていました。私のこの言葉を読んで、「社会・環境・倫理」は名誉総長の思いに近いものであることを改めて知らされました。「正義を行う」は「倫理」そのものです。「慈しみを愛し」は「人・社会」を大切にすることであり、「へりくだって」は人・社会に対してもそうでしょうが、名誉総長は他の場所で「自然の前にへりくだる」「自然を畏敬する」という表現をしております。それはまさに「環境」です。
私たちは、「社会・環境・倫理」という三つのキーワードを、本学の広い意味での技術者教育の中に据え、HIT教育を展開していくことにしました。三つのキーワードは、名誉総長の志であり、また21世紀の広い意味での技術系人材にあって大切な要素です。これまで培われた本学の学風の中で、これらを中心とした教育の展開は、本学ならではの特色ある教育となることでしょう。
新年の仕事初めの会で理事長から、「地域の活性化に貢献できる大学に」という訓示がありました。昨年、地域の人材育成について本学に大きな期待が寄せられていること感ずる機会がありました。それは、呉商工会議所が始めた奨学生制度のことです。その対象は、なんらかの形で呉市に根拠を持つ大学で学ぶ呉市出身の学生です。その意味では本学はその対象ではありませんが、卒業生の実績もあり、会頭のご判断で対象大学に加えて戴きました。しかも2名採用してもらいました。本学の人材育成に対する地域からの期待の大きさを改めて感じました。同時に、社会的使命を果たしていく責任を感じました。
本学はそういう大学であるということです。社会的使命を果たしている大学であるという自信と誇りを持ちたいと思います。ただ、社会の期待や付託に応える存在感のある大学であり続けるには、自らのあり方を周辺の動きの中で変えていくことが必要です。一昨年以来、「脱皮しない蛇は死ぬ」というマツダの井巻社長から伺った言葉を申し上げてきました(もともとはニーチェの言葉だそうです)。「脱皮」はこれまでの「態」をまったく変えることですから容易なことではありません。しかし、いよいよその感を強くしております。
脱皮は、名誉総長の志を今日的な状況の中で受け継ぎ発展せることと思っていますが、具体的に何なのか、皆さんとともに真剣に考えていきたいと思っています。
大学にとって、そして何よりもみなさんにとって、いい年になりますよう願って挨拶とさせていただきます。
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2007年1月30日
創設者鶴襄先生逝く
本学の創設者である鶴襄先生が亡くなられて1ヶ月になります.
写真は、昨年2月23日の創立記念日、学園創立50周年を記念して同窓会から贈られた教育方針の石碑の序幕式に撮ったものです。先生は、お金も土地も何もないところから、教育事業を始め、今日の広島工業大学を作られました。先生にあったのは、志と教育にかける情熱でした。白鳥座のアルファ星である「デネブ」という星を愛され、その名前は学園のいろいろな場面で使われていますが、まさに、「巨星墜(お)つ」という感じでした。
前夜式で、友人代表で挨拶された大片氏は、「朝は学校の設計などの作業をし、日中は学長としての教育、夜は遅くまで地元の人たちとの土地交渉に当たるという超人的な毎日でした」と創設当時の一部を話されました。亡くなる数日前の朝、お見舞いの後、理事長の鶴衛先生が「それではこれから大学に行く」と言って病室を出ようとされたとき、「ワシも大学に行く」と言って、ベッドから立ち上がろうとされたそうです。篤病の床でも鶴襄先生が持ち続けていたのは創設時の志と情熱だったのです。
大仰に宣伝することが嫌いだったとのことですが、「教育は愛なり」の建学の精神のもと、全身全霊をかけて教育と大学づくりにかかわってこられました。それは「誠実な学風」として今日の広島工業大学に受け継がれています。荼毘に付される前、三宅のキャンパスに立ち寄り、設立当初に建設された建物のまわりなどキャンパスを一周されました。多くの学生や教職員がお見送りをしました。私は、「長い間、お疲れ様でした」と申し上げながらお別れをしました。
本学はいまや一個人の業績を越えて社会的公器になっております。また本学を取り巻く環境も大きく変わっています。しかし、このようなときこそ、改めて、彼の初志を思い起こし、建学の精神である「教育は愛なり」の原点に思いをいたすことが必要だと思わされています。
今、彼の志は天空を駆けていることでしょう.三宅キャンパスの上だけでなく、全国で活躍中の卒業生の働く場所々々を駆け巡っておられることでしょう.
2月23日の創立記念日に「お別れの会」が開催されます.ご自由にご参加ください.
また、学園創立50周年を記念して、このたび、「鶴学園の『生い立ちと教育精神』」という小冊子(鶴衛著)が刊行されました。この冊子を読んだ懸賞感想文を募っています。どうぞふるってご応募ください(詳しくはホームページをご参照ください)。

「教育方針の石碑」 除幕式にて(2006/02/23)
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2006年12月15日
「女子学生キャリアデザインセンター」の設置
前回報告しましたように、10月31日には、「女子学生のための就職ガイダンス」が開催されました。また、その後、11月22日、安田女子大学の吉野学長先生をお招きして、「女子学生教育の諸問題」と題し教職員の研修会を持ちました。
こうした一連の事業の実施を踏まえて、正式には1月1日からですが、「女子学生キャリアデザインセンター」が設置されました。その目指すところは、単に女子学生の就職斡旋をするということだけではなく、広い意味での技術系分野で、女性が必要とされているとの認識の上で、女子学生のキャリア形成に積極的に取り組むことです。また、女性技術者の社会進出について、センターが先頭に立って社会に働きかけていきます。
本学は、「社会・環境・倫理」を教育目標として標榜しておりますが、広い意味での女性技術者の育成は、本学の重要な使命の一つです。なぜなら、これからの技術には、「社会・環境・倫理」や平和や安全といった視点がこれまで以上に重要となります。これらの視点では、女性は重要な役割を有しています。
珍しい取り組みということで、早速中国新聞に取り上げられました。近々、女子学生談話室もオープンします。私も、学生諸君との懇談を今から楽しみにしております。
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2006年11月 8日
女子学生のための就職ガイダンス
本学には現在258名の女子学生が在学しています。男女雇用均等法が成立して20年になりますが、女子学生の就職にはなお厳しいものがあります。全体の就職内定率が86.2%の現時点で、女子学生のそれは74.2%です。女子学生には、男子学生以上の取り組みが必要とされるのが現実です。
このような状況の中で、本学では初めての試みですが、「女子学生のための就職ガイダンス」が開催されました。4名の本学女性卒業生をお招きして、今、どのような仕事しているか、そして後輩に何を伝えたいか、語ってもらいました(写真1)。全体講演の後はグループに分かれてOGを囲む懇談会を持ちました(写真2)。
OGの活躍には、私自身、改めて敬意を覚えると同時に誇らしくも思いました。隣に座っていた現役学生も、「すごい!」と感動しておりました。
社会はまだまだ厳しい状況ですが、本学では、今後女子学生の受け入れにこれまで以上に力を入れていくこととしております。これは、女性の社会進出に本学が力になる必要があるという思いと同時に、今後広い意味での技術系分野にあって、女性の貢献が不可欠になるとの認識からです。国連の「環境と開発に関するリオ宣言」(1992年)の第20原則に、「女性は、環境管理と開発において重要な役割を有する。そのため、彼女らの十分な参加は、持続可能な開発の達成のために必須である」とうたっています。『社会・環境・倫理』を踏まえた技術者育成を教育目標とする本学にあっては、女子学生の参画は必須です。
11月22日には、安田女子大学の吉野学長先生をお招きし、「女子教育の諸問題」と題して教員研修会を持つ予定です。これは、女子学生の受け入れには教職員の意識改革がまず必要だからです。また、現在、「女子学生キャリアデザインセンター」の設置を検討しております。このたびの企画はセンターの構想の先行実施にもあたります。同時に、就職部、就職委員あげて、女子学生への求人開拓に力を入れております。
それにしても、70の現役女子学生とOGの集った教室は、本学女性パワーを見せつけたようで圧巻でした。
(写真1 講演会風景) ![]() | . | |
| . | (写真2 懇談会) ![]() |
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2006年10月17日
AO入試の合格者発表
今年、本学で始めて導入したAO入試の合格者発表がありました。
現在、わが国の教育システムでは、高等学校と大学の教育は「入試」を媒介としてつながっています。ですから、志望する大学に入学するために、入試勉強が必要になります。これが「一般入試」です。
それに対して、AO 入試は大学での目的に応じて受け入れるものです。はっきりした目的の達成のための努力は楽しいものになります。また効果も上がります。自分で選んだ道ですから、責任を持って努力することにもなります。
高等学校と大学で学ぶ期間はあわせて7年です。人生の10%弱ですが、決して何かの準備のためだけの時間ではありません。それ自体が大切な時期です。この限られた期間を最大限有効に使うことが大切です。両者のつながりがスムーズであればあるだけロスが少なくまた有効な時間となります。高校の最後の段階で、大学で学びたいと思っている専門分野が見え隠れしてくることによって、高等学校での学びに勢いがつかないでしょうか。また、入試という不連続的な柵を設けないことによって、大学入学後すぐエンジン全開状態にならないでしょうか。広島工業大学に導入したAO 入試は、このような高大の効果的な「教育接続」を目指すものなのです。いろいろな入試があっていいのです。AO入試の合格者の皆さんは、広島工業大学のささやかではあるが高い志の試みの担い手です。
AO入試の合格通知には、次のようなお手紙をつけました。これは本学への入学を志しているみなさんに言いたいことでもあります。高校最後の半年を有効に使ってください。
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2006年10月14日
教育懇談会(松山、高松会場)
今年の教育懇談会が始まりました。私は松山と高松会場に出席しました(今週も開催されます)。私は、本学の最優先行事として、毎年できる限りの会場に出席しております。
私は個別相談に対応することはできませんが、最初に挨拶を兼ねて、大学全般のお話をし、後はご出席の保護者のかたがたと楽しく懇談させていただいております。私には、日ごろ本学の教育についてお考えになっていることを保護者の皆様から直接伺う貴重な機会となっております。
今年から、全体説明の後、昼食をご一緒し、その後個別懇談するようにいたしました。これまでのように、個別懇談を終えた後、懇親会まで待つということもありませんし、また懇親会の開始時間に合わせて、個別懇談を急がなければならないこともなくなり、よかったのではないかと思います。
懇談の中で、1年生が夏休み中に運転免許を取ったが心配だということや、授業料が高いのではないかといった話、また、女子のお子さんをお持ちの保護者の方からはアパート探しでの苦労話などをお聞きしました。自炊をしているお子さんの食事や健康のことを心配しておられる保護者の方もおられました。課外活動の意義やそれに伴う負担や心配についてもお聞きしました。多くの方は就職のことを心配しておられましたが、学業を心配されている方もおられました。そして卒業研究着手が難しい状況を知らされて落胆しておられた方もいました。単に結果だけでなく、現状や今後のことについて先生方から縷々説明を受けたことと思います。
週末とはいえ、お仕事の都合をつけて参加いただいた方もおられたことでしょう。しかし、アンケートによれば、おいでになられたかたがはそろってよかったといってくれております。私にとっても保護者の皆様と親しくお話できたことは大変よかったと思っております。
各会場では、後援会の役員の方や同窓会の方にも参加していただきました。
11月4日が広島での開催となります。会場は大学で、当日は大学祭も開かれております。地方会場に出席できなかった保護者の皆様にはこの機会に是非キャンパスにお越しいただき親しく先生方とご懇談ください。これからでもまだ参加の申し込みは可能です。
思い出すままですが、私との懇談では次のようなことが話題となりました。
・授業料が高いのではないか。
・就職、特に出身地に帰ることの是非について。
・女子学生のための安全なアパート確保、そのための情報が欲しい。
・女子学生の就職について。
・本学の教育について。
・課外活動をやっているのはいいが無理ではないかと心配。
・自動車運転と交通事故。
・家を出て一人暮らしをすることについて、その是非。食事と健康管理の問題。
・夜間食堂は何時まで開いているか。
・子供の成長について。
・教育懇談会で親しく先生方と話し合えたことについて(昨年と同じ先生と話ができた)。


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2006年9月12日
保護者の皆様へ
保護者の皆様へ
教育懇談会の開催について
急に秋本番の気候になりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。後期の開始も1週後となりましたが、キャンパスはなお静かです。もうすぐにぎやかになることでしょう。楽しみにしております。
さて、本年度の教育懇談会は下記の日程で開催されます。
九州地区 大分市:10月14日(土)
福岡市:10月 7日(土)
山口県 周南市: 9月30日(土)
島根県 松江市:10月14日(土)
広島県 福山市: 9月30日(土)
三次市:10月21日(土)
広島市:11月4日(土)
岡山県 岡山市:10月14日(土)
兵庫県 姫路市: 9月30日(土)
四国地区 松山市: 9月30日(土)
高松市:10月 7日(土)
教育懇談会は、1年に1回開催されるもので、ご子女の就学状況や進路などについて本学教員と懇談するものです。あわせて本学の状況についても説明させていただきます。せっかくの機会ですので、是非ご参加いただければと思っております。私も可能な限り出向くつもりでおります。今年から、大学の全体説明会をした後、個別懇談の前に、1時間ほど懇親会をかねた昼食会を持つことにいたしました。このほうにもご出席いただき親しくお話させていただければと願っています。
ただ、開催地については、皆様ができるだけ出席しやすいように配慮してはおりますが、ご不便をおかけする方々も少なくないことを承知しております。開催地の数にもおのずから制約があります。事情ご理解ください。広島市で開催される11月4日は、大学を会場とします。当日は大学祭が開催されていますので学生たちの盛り上がりの雰囲気を味わっていただくのも意義があるかと考えております(5日が本番ですが)。広島をはじめ、地域とは関係なく、ご都合のつく日程にご参加くださっても結構です。
本件につきまして、お問い合わせがありましたら、本学学務部あてお尋ねください。お会いできるときを楽しみにしております。
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2006年9月 6日
学生諸君へ
9月ももう第三週になりました。先週末、第二回目のオープンキャンパスが開催されてにぎやかでしたが、キャンパスはまだまだ静かです。新学期になれば、再びにぎやかになることでしょう。残る夏休みをどう過ごしているでしょうか。前期の講義で苦戦したが、あらためてまた気持ちを新たにしている諸君も多いことでしょう。何よりも無事キャンパスに戻ってきてくれることを願っています。
1日(金)の朝、出勤前何気なくテレビを見ていたところ、宮島街道の広電地御前電停近くでおきた交通事故のニュースがながれていました。3人が焼死し、身元を確認中とのことでした。そこは私の通勤ルートでしたのでなんとなく気になりました。ところが、昼過ぎ、亡くなった3人の1人が本学の1年生であるという速報を受け取りました。その後、詳細な情報が入り、残念ながら動かない事実であることを知りました。しかもお兄さんも同乗していたとのことでした。
私のような仕事をしていますと、若者の突然の悲しい知らせを受けることがよくあります。学務部からの突然の知らせに、驚き、残念な思いがしますが、その知らせを突然の電話で受け取る親御さんの驚きと悲しみはいかばかりでしょう。保護者の方がご挨拶にみえても、私から返す言葉もなく、ただ生前の様子をお聞きすることで精一杯です。
個人的なことになりますが、昨年11月、私は34歳になる娘をがんで亡くしました。子を失った親の悲しみを味わいました。事故の後、交通事故には注意するよう掲示を出しました。そこには、「遺されたものの悲しみ」について触れました。親の悲しみまで理解して車の運転に注意するようにとは、いささかおかしな注意であることは承知しております。しかし、あえて書かせてもらいました。君の周りには、君を愛し、君に与えられた命を大切に全うすることを願っている方がいるということです。他人の命とて同じです。命を大切にしてほしいということです。
今朝ほど大学に来る途中、霧雨にぬれた現場に香をささげてきました。
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2006年8月28日
初めてのAO入試
今日、過日実施されたAO入試(1次選考)の合格発表がありました。AO入試は、今年から初めて実施しました。122名の応募があり、そのうち109名が1次合格しました。最終の合格者は2次選考を経て、10月2日に発表されます。
18年度から新しい学習指導要項で学んだ学生さんを受け入れています。大学教育は高等学校の学びに接続するものでなければなりません。18年度からスタートした「教育改革18」はそのための教育改革です。そのキーワードは「多様性」です。聞きなれない「トラック制」や「系」など他大学にない教育内容・方法も「多様性」に対応するためのものなのです。入試でも対応する必要があります。一般入試では学力を重視しますが、AO入試では学力テストだけでは評価できない能力や資質を持っている生徒さんを受け入れるのです。
”試験内容”は、学科により、多種多様でした。宮島の古い町並みを見学した後、それに関して面接試問をした地域環境学科、インターネットに関する講義を行った後、講義内容に関連した課題についてまとめるという情報工学科など。各学科はAO入試で求める学生像を鮮明にし、それにふさわしい能力や資質があるかどうかを判断しました。
後期中等教育と高等教育とのスムーズな「教育接続」をどう行うか、これはわが国の高等教育の重要な課題です。広島工業大学では、その課題に真正面から取り組もうとする野心を持ってAO入試を始めました。その意味で、合格後から入学までの期間は教育接続を効果的に行うために大切な期間です。今、教育改革18の実施組織であるHIT教育機構を中心に最後の検討をしております。「教育接続」は、向こう10年の課題ですが、高等学校とも連携を密にして取り組む必要があると考えています。
社会は多様な能力や資質を持った技術系人材を求めています。AO入試で入学した学生諸君が、4年後、社会から高い評価を得られるものと確信しております。そのためにも、万全の受け入れ態勢で臨みます。
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2006年8月19日
ワクワクものづくり大作戦
小学校の夏休みも終盤です。その一日、「広島工業大学ワクワクものづくり大作戦」が開催されました。これは小学生を対象とした企画で、テーマごとに実験、観察、ものづくりにとりくむというものです。今年が2年目になります。
今年は昨年の好評にこたえ、12テーマを用意しましたが、どのテーマも早々に定員オーバーとなりました。当日は台風10号の影響で集合時間の9時台はあいにくの強い雨と風でしたが、思い入れの強い子供さんばかりだったのでしょう、文字どおり、「雨にも負けず、風にも負けず」で参加してくれました。同伴の方々も含めて443名の参加がありました。
午前と午後、昼食をはさんで5時間の長丁場。当日の様子は広島工業大学ホームページに紹介されております。私は、12会場のすべてを回りました。中には少し難しいかなという課題もありましたが、どのグループでも、盛り上がっていました。どのテーマも、研究や授業に使う装置も動員するので本格的です。「コンピュータで音あそびをしよう」、「絵に書いた車を走らせよう」など、テーマ名だけからその内容を想像することはむずかしいものばかりで、それだけ参加のみなさんは「ワクワク」したようです。
「コンピュータで音あそびをしよう」は、まず糸電話を作ってアナログ的な実感を体験し、その後、コンピュータを使って音を見える形で取り出していました。本学の学生にも体験させたいと思ったくらいでした。「いのちの音を聞いてみよう!」では、予定の時間が終わってもまだ機械の周りに残っている小学生が多くいました。一番疲れたのは同伴の方々だったかも知れません。
この企画には多くの学生諸君が手伝ってくれました。事前に試作し、うまくいくように何日もかけたグループもいたとのことです。ありがとう。小学生に語りかけることができることは、小学生の気持ちが理解できることです。人の気持ちがわかる技術者であることはこれからの技術者にとって大切なことです。それは広島工業大学の目指す教育そのものです。
写真入りの修了証書と苦労して作った作品を手に家路につくときには、風もやみ、雨も上がっていました。新しいことに接した感動が心の中にいくらかでも残ってくれるとうれしいなと思っています。

「いのちの音を聞いてみよう!」
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2006年8月 3日
7人の侍出陣式:「外が学びプログラム」事前研修発表会
8月3日(木)、「外が学び」の事前研修発表会がありました。
「外が学び」とは、本学で実施している長期インターンシップのことです。その趣旨は(1)学外の生きた現場で技術系の人間として必要なことを体験し学ぶ、(2)就職先の企業としてふさわしいか、1ヶ月かけて社長をはじめ会社の様子をしっかり見てくる(自分も見せてくる)、です。
今年から3年生の夏休み中に実施することとしました。9名派遣の予定ですが、7人の発表がありました(2名は後日実施)。お世話をしているHIT教育機構・学外発展教育部門長の山下先生は、挨拶の中で、「7人の侍」と言いました。進行のプログラムには、研修にでかけるにあたっての「決意表明」とありました。そのような表現がふさわしい雰囲気でした。
私は挨拶の中で、大学の教室での勉強とこれからの研修の違いをサッカーのパスに例えて話しました。立ち止って待っている受け手に出すパス、あるいは止まって待って受けるパス、これが大学での勉強。しかし、得点に結びつくパスは、走りこんでくる受け手を見通して出すパス、あるいは、敵のいない空間を見出してそこに走りこんで行って受けとるパスです。早朝のテレビで何度か見たワールドカップの華麗なパスワークから受けた印象です。静止して受け取るパスの練習はサッカーの基本です。しかし、これからの現場の研修は走り込みながらのパスだということです。
もうひとつ。「外が学び」に似たプログラムに参加した学生が話した次のような感想を紹介しました。「プログラムに参加した直後の自分は、大きな卵を飲み込んだ蛇のようだった。研修で自分の身の丈よりはるかに大きな経験をしたが、それをその場で消化しないまま、帰ってきた。ところが、その後、その卵(研修の経験)は時間とともに消化され蛇(自分)の血となり肉となった」という話です。
「7人の侍」諸君は、どんな大きさの卵を飲み込んで帰ってきてくれるでしょうか。今から楽しみです。
投稿者 : 茂里 一紘 | パーマリンク
2006年8月 2日
女子学生との昼食会
8月2日(火)は7名の女子学生のみなさんと昼食を一緒にしました。
本学には現在260名の女子学生が在学しています。これは全学生数の約6.3%にあたります。私は、今後の女性の社会進出の可能性を考えれば、この数字はきわめて小さい数字であると思っています。日本では工学系分野はどの大学でも男子が主流ですが、アメリカ合衆国やアジア諸国では工学系でもたくさんの女性が学んでいます。そして社会にも進出しております。感覚的にざっと本学の5倍くらいでしょうか。明治11年に開設された日本最初の工学系の高等教育機関である工部大学校(後の東京大学工学部)は男女共学でした。
このたび理事会に、「M20」というプロジェクトを提出しました。これは女子学生の受入に積極的の取り組もうという向こう5年間のプロジェクトで、女子学生の割合を全体の20%(1学年200名)とするという目標を掲げています。20%は現在の3倍ですから、その達成は容易なことではありませんが、本学には環境、情報といった分野もあります。国際的にみてもなお控えめな数字です。
しかしながら、一定数の女子学生を受け入れるには大学としてのそれなりの体制整備が必要でしょう。何が必要か、昼食を一緒にしながら本学での学びに関して日ごろ感じていることを話してもらいました。
トイレなどのハードの整備の話が出ました。これまで改造・新設をやってきましたが、まだまだ十分でないということです。機能もよくする必要があるということや安全性のことも指摘されました。ちなみに、今設計中の新講義棟のトイレは「M20」に沿うべく女子学生数20%を設計条件としております。質も、ホテル並みとはいかないまでも、いいはずです。
就職の問題で悩むことが多いようでした。女子学生の就職の問題はひとり大学の問題ではありませんが、大学としてきめ細かな支援体制が必要です。また女性のためのキャリア教育などが必要と思いました。何よりも「男社会」の教員の意識改革が必要です。学科によっては女子学生が少ない学科もあり、キャンパスライフで不便を感ずることも多いようです。アパート住まいをしている人から安全性のことについても話がありました。本学に女子寮があったらいいという希望も出ました。寮の重要性と必要性は私の着任時からの持論ですが、簡単なことではありません。
12時からのイタリアンレストランでの昼食でしたが、あっという間に2時間が経ち、午後の会議に遅れてしまいました。料理の味もよかったのですが、それ以上に味のある話を多く伺うことができました。これからも、男子学生に恨まれない程度に、懇談(会食)の機会を持つことにしました。
「M20」という「千里の道」の一歩が始まりました。
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2006年7月22日
オープンキャンパス
7月22日(土)、今年最初のオープンキャンパスが開催されました。先日までの雨模様の天気とはうってかわっていい天気に恵まれました(広島は翌日また雨模様となりました)。
私は、「学長カフェ」の店主としての仕事をさせていただきました。「学長カフェ」も3年目になりますが、高校生や保護者の方々と懇談(歓談?)をするのが仕事です。各論的な話になりましたら、関係者の救援をあおぐという心もとない店主ですが、楽しく仕事ができました。店主を評して、県外からお見えのお母さんが「ホームページで拝見して想像していたとおりの方でした」とおっしゃられましたが、いいように解釈しました。
店じまいの折、1000名余の方の来学があったという非公式速報を受けました。兵庫、岡山、山口、愛媛など県外からお見えになったかたがたともお話をすることができました。皆さん本学への進学を考えておりました。これからの人生について真剣に考えている高校生との話に、改めて本学での教育をもっともっとよいものにしなければならないと思いを新たにさせられました。
店長として一日の〆をすれば、「大きな黒字であった」と言っていいでしょう。この黒字は、今日お見えになった方々が入学してから、必ずお返ししたいとひそかに心に誓いました。次回のオープンキャンパス(9月9日)でも開店の予定です。どうぞお越しください。
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2006年7月 8日
本学同窓会出席しました。
7月8日(土)、三次市で開催された、本学同窓会広島第一支部の総会・懇親会に出席しました。当日は、和田会長(昭47年工学部土木工学科卒)以下、35名の出席がありました。住まいは広島市内ではあるが、職場が当地という方も出席しておりました。各地で開催される同窓会には極力出席するように心がけていますが、三次は近くでありながら今回が初めての出席でした。
同窓会の価値がわかるには若干の社会経験の期間が必要ですが、今回は、卒業後1年目大学院学生の岡部さん(工学部建設工学科卒)が出席していました。特に強く勧められたわけでもないが、どんなことをしているか興味があったので出席したと言っていました。多くの先輩に囲まれて結構かわいがられていました。続けて出席してくれればと思いました。
総会の挨拶では鶴学園の創立50周年記念募金に対する協力をお願いしました。「学年が離れていてキャンパスで過ごした時はすれ違っていても、三宅の坂の話をすると、みんな仲間になる」と参加者のどなたかがおっしゃっていました。
卒業生からの寄付金は記念ホール(大教室)に当てることになっておりますが、私は、その壁に卒業生の皆さんの卒業時の写真の銅版を年代順に掲げることができればと思っています。卒業式の晴れ姿が一同に並ぶ。そんな光景を思い浮かべております。
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2006年7月 8日
学生による授業評価
本学では、一昨年度から全教員に対して学生による授業評価を実施しています。16年度の後期から実施した関係で今回は4回目に当たります。私も「自校教育論」という授業を担当しており、先日、評価結果をもらいました。
「自校教育論」は、1年生を対象とする講義で本学の建学の精神、教育方針、今日の技術革新などについて広く学ぶものです。そのため、理事長、総長らとともに、オムニバス形式で実施されております。私は全15週のうち2週を担当しておりますが、本学の育成人材像に関連して「社会に奉仕するとは」と「技術者倫理とは」について講義をしています。
講義と言っても通常の教科的内容とは異なるので、私は、事例紹介を元に、グループ討論とロールプレイという“野心的”な方法でおこなっております。要は、“変わったやり方”ということです。これは、グループでものごとをやることが重要で、少しでもその訓練になればとの思いからです。しかし、限られた時間内で共同作業を機能させることは容易なことではありません。通常の講義室で7名のグループを作り、話し合いの物理的環境を作ることだけでも大変です。
今年の評価の結果は全学の平均値を下回るものでした。毎年、改善してきたつもりでしたが、「もっと魅力ある授業を心がけて欲しい」という厳しい意見がありました。どう改善したらいいのだろうと考えさせられておりますが、後期、もう一度、この方式に挑戦して見たいと思っています。
ちなみに、本学では、授業だけでなく、卒業研究指導、就職指導についても学生評価を受けています。これは全国の大学でも珍しいということで来る7月29日、日本工学教育協会の全国大会で紹介することになっております。
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2006年6月12日
イリノイ大学学生の入学式
今年もイリノイ大学からの7名の学生を迎えた。本学とイリノイ大学との学生交流協定にもとづいて実施している事業であるが、今年で6年目になる。今年は珍しいことに全員が男子学生であった。さしずめ諸君は「7人の侍」だと、歓迎会で挨拶をした。彼らは6週間本学に滞在し、日本語と日本事情を勉強する。本学の学生がランゲージパートナーとしていろいろなお世話をする。また地域の方々がホストファミリーとしてお世話もしてくださる。今日は初対面で皆いささか緊張気味であったが、6週後の別れの時は、例年、お互い歌を披露し合って盛り上がる。その時が楽しみである。
本学からも7月下旬、3名の学生がイリノイ大学に出かける。その学生も、今日の歓迎会に出席していた。まさに異国の体験。「適度の楽天性が大切だよ」、そして、「speak out!」と励ました。みな一皮向けて帰ってくる。このほうも楽しみである。
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2006年6月 9日
鶴学園創立50周年記念祭典
広島工業大学の設置母体である鶴学園が創設されて50周年になる。去る6月9日、記念祭典と祝賀会を持った。記念祭典は、会場の広島グリーンアリーナに本学の学生を始め、専門学校、工大高校、デネブ高校、附属中高、そして、なぎさ公園小学校の生徒・児童が集い、レーザービームをふんだんに使った、光の祭典となった。
小学生が明るい雰囲気を作ってくれた。「小学生に話しかけ、小学生の相手ができる技術者、これがこれから求められる技術者ではないだろうか」と思った。小学生に語れることは、本学の教育方針である『社会に奉仕する』の原点である。8月には、地域の小学生を対象とした「わくわく大作戦」という企画が予定されている。学生諸君が日ごろの研究勉強の成果をわかりやすく小学生に説明し、一緒にものづくりに取り組んでくれることになっている。
技術系の大学生が小学生と同席する、これは貴重なことである。創立50周年の祭典にそんなことを思いながら、私もサイリュームライトを振った。
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2006年5月18日
今年度最初の講義
本学では、1年生を対象として、「自校教育論」という授業科目を開講しています。これは、理事長や学長、本学卒業生などが担当し、本学の教育理念やこれからの大学生活や社会人としての歩みについて、改めて考える機会とするものです。特に何かの法則を学ぶといった授業ではありませんが、必修科目です。
今日は、私が担当する最初の授業がありました。私は、本学の教育方針に関連して、「技術者が社会に奉仕すること、そして技術者倫理とは」というテーマ2週にわたって担当することになっております。本学の教育方針は「常に神とともに歩み、社会に奉仕する」ですが、それを体して、「『社会、環境、倫理』を重視した技術者」を本学の育成人材像としております。
今日の講義では、「技術者と社会とのかかわり」について、グループ討論をする形で一緒に考えました。200名近いクラスでのこのような授業をおこなうのですから、私も、教室内をあちこち歩きながらの体力勝負でした。学生諸君も勝手の違った講義の進め方によく協力してくれました。私にとっては学生諸君と接する大変貴重な時間です。今日のできばえは80点くらいかなと勝手に思っていますが、果たして学生から見てどうだっただろう。レポートを読むのを楽しみにしております。
次週は、「技術者倫理」について考えることにしております。
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2006年5月12日
まず、一度は会っておこう(チュータ面談)
大型連休も明けました。8時半を過ぎると、大学正門からの坂道は講義に急ぐ学生諸君であふれています。いよいよ1年生もエンジン全開の時期です。
今年から1年生全員に対するチュータ面談を行なうこととしました。チュータとは、高等学校までの教育で言えば、いわば担任のような先生です。人数の関係で、チュータ以外の先生も動員して面談を行う学科もあります。学生諸君の授業の合間をぬって面談の時間割(日程)を決め、この連休明けから実施しております。
本学のチュータ制度はずいぶん以前からありますが、学生に何か問題があったときに相談することになっています。しかし学生諸君にとっては、先生方の研究室を訪ねることはなかなか勇気のいることのようです。また先生方にとっても成績を渡すなど、はっきりした目的があれば別ですが、学生を呼び出すことはそう頻繁にはできません。
そこで、「まず一度は会っておこう」というのが、今年から始めたチュータ面談です。これは、何かがあったとき、一人悩むことなく、「あ、あのとき会った先生に話してみようか」と思う学生がひとりでもいてくれればということで始めたものです。
1ヶ月の学生生活を経験して勉強のことや先生方の教え方や学生生活のことなど、面談の内容は多岐にわたっているようです。初めての試みで、先生方にとっては大変なようで(特に日程調整)、今もやっている先生もおられるようです。やり終えた先生から「よかったよ」という感想も受け取っています。面談の内容は学務部で集計し、今後の教育に生かしていくことになっております。
学生諸君にも喜んでもらっているようで、ひとまず安心しております。
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2006年4月29日
広島工業大学同窓会40周年記念式典および懇親会
大型連休の初日、4月29日(土)、広島サンプラザで、「広島工業大学同窓会40周年記念式典および懇親会」が開催されました。私は、現役の学長として大変申し訳ないことでしたが、個人的な理由で出席することができませんでした。しかし、翌々日、同窓会の横山会長から直々、「過去・現在そして未来」のもと、約800名が再会を喜び、盛会であったとのご報告を戴きました。あらためて3万余名の本学卒業生のパワーを感じさせられました。
私はかねてから、「大学は4年間だけの組織ではなく、卒業生と一緒に学風を作っていきたい」と話しております。学風とは建学の精神であり、教育方針です。ですから、このたびの教育方針石碑の寄贈を大変意義深いことと思って感謝しております。
広島工業大学では、いろんな切り口での卒業生との連携を密にしております。OBのプロジェクト研究への参加、学部1年次生を対象とする「自校教育論」での講義担当など、研究や教育などいろいろな場面での連携を図っています。卒業式での「卒業生のホームカミング」も今年で3年目となりました。また、今年度から卒業生の資格取得に対する支援と資格取得者への学長表彰を始めます。今後も、「大学は4年間だけの組織でない」ためのいろいろな事業を展開していきたいと考えています。
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2006年4月22日
広島工業大学沼田野球場のオープニング
かねてから建設していた本学沼田野球場が竣工し、午前8時30分からのオープニング式典に出席しました。両翼95m、県内唯一の全面人工芝の野球場です。こけら落しの試合では、野球部諸君は強敵広島経済大学を相手に緊迫した試合を展開し、3-1で勝利をあげました。記録と記憶に残る試合にことのほか嬉しく思いました。
今、広島工業大学では、長年の懸案であったキャンパス再開発計画を進めています。その第一次計画である講義・実習室や学生のアメニティ空間を中心とした新講義棟(仮称)は、最終設計の段階にあります。その建設場所が現野球場になります。ですから沼田野球場のオープニングはキャンパス再開発計画の具体的第一歩の始まりになります。それだけでなく、「HIT(広島工業大学)教育」ブランドづくりの第一歩でもあるのです。といいますのは、新講義棟は、老朽化した建物のリニューアルだけでなく、今年度(18年度)から取り組んでいる本学の新しい教育・学習である「教育改革18」の実現の場でもあるからです。「教育改革18」によって10年かけて作ろうとしている「HIT教育」ブランドの入れ物になります。それだけに私には嬉しさだけでなく、「いよいよ動き出した」という思いもあり、身が引き締まりました。
祝賀会を終えて沼田キャンパスを後にするときは、外はすっかり雨模様となっていました。満開の山つつじは、しっとりと濡れながら、それでいて輝いているように見えました。
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2006年4月 6日
今年度初めて、キャリア相談コーナーに顔を出す。
今年度初めて、キャリア相談コーナーに顔を出す。さすがこの時期、就職部を訪れる4年生の目の色が違っていた。これから面接に行くという学生に、「4年生になったばかりだ。何もすべて正解の回答を期待しているわけではない。はきはきと応えることが何より大切」とアドバイス。また、「自分の言葉で、できるだけ具体的に話すこと」とも。「だって、例えば好きな人に『君は美しい』より、『君のえくぼがかわいい』と言ってもらったほうが、その人は嬉しいだろう、会社だって同じだ」と、自分でもわかったようなわからないことを言ってしまった。
就職戦線、これからが本番である。
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2006年4月 4日
入学宣誓式
10時から入学宣誓式。午後から雨模様になったとはいえ、まずまずの天候に恵まれた。6分咲きくらいであったろうか、キャンパスの桜も入学式に花を添えてくれた。入学式は大学にとって一番めでたく華やかな日である。今年度の入学者数はちょうど1000名。
お祝いの言葉では、鶴学園の第二半世紀の1期生であり、今年から始まった「教育改革18」の1期生でもあること、そして是非新しい歴史と新しい教育作りに力となってくれることを期待していると話した。
「発展学習トラック」、早期卒業、放送大学開設科目の履修など、新しい教育プログラムについて2~3紹介した。多様な学習歴を前提に、基礎を必要とする人は基礎を、さらに勉強したい人にはそのようなプログラムが用意されていることが新しい教育プログラムの特徴である。
また「○○技術士」といった資格も重要であるが、社会にあって何をしてよいのか、何をしなければならないか、どこまで我慢すべきかなどを判断する力をもっている資格がもっと大切ではないかと話した。「常に神とともに歩む、社会に奉仕する」という本学の教育方針にそのことが含まれている。
今日入学した学生が、1人ももれることなく卒業してくれることを願いつつ、今年から始めた新しい教育が10年後には、「工大教育」と言ったら、社会から「あ、あの教育か」と言われるようなブランドに仕上げたいと強く思わされた。
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2006年3月18日
卒業式
今日は卒業式である。1011名の卒業生が本学を巣立つ。
「諸君は、今、社会に出て行こうとしています。そんな諸君には秘めた決意、思い、志があることでしょう。どのような志でしょうか。卒業式は人をあらためて純真な気持ちにさせる人生の数少ない機会のひとつです。今、その志を確認してほしいと思います。それは未知ゆえの不安と同居しているかもしれません。しかしそれは純真な思いから出た精一杯で、しかも崇高な志であるに違いありません。これから諸君はその志と『同行二人(どうぎょうににん)』をするのです」とはなむけの言葉を申し上げた。
『同行二人』は本学の創設者である鶴襄(つるのぼる)先生が本学の教育方針に関連しておっしゃった言葉である。広辞苑には「西国巡礼者などが、いつでも弘法大師とともにあるという意味で笠などに書きつける言葉」とある。
鶴襄先生は、50年前、十分な土地も資金もない中、ただ、「教育をやりたい」という志だけで学園をスタートした。その後多くの困難の中で、「自分ひとりで歩いているのではない。志とともに歩いている」と言い聞かせながら、困難に立ち向かわれたのではないか。人それぞれ歩みは異なるが、諸君もまた困難に遭遇することがあるだろう。その時、「同行二人」に思いを寄せて欲しいと話した。
また、卒業していく諸君に、「今日の卒業式は大学を去ることではなく、広島工業大学との新しい関係の始まりであると考えてください」とも申し上げた。そして卒業生を対象とした「卒業生相談コーナー」の設置やエクステンションプログラムの実施、そして、資格取得者に対する学長表彰を検討していることを紹介した。広島工業大学は卒業生との関係を大切にし、卒業生と一緒に学風を作っていきたいと考えています。学風を作るには卒業生の力が必要です。」とお願いした。
式が終わり、式場の外が卒業生や保護者でにぎわった時には、折からの雨も小休止をしてくれた。いい卒業式であった。
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2006年3月 7日
入学前教育セミナー
今日から特別選抜合格者のための入学前教育セミナーが始まった。今年の第1ラウンドは今日から10日、第2ラウンドは14日から17日である。今年も広島会場(本学)と岡山会場での実施であるが、2会場で209名の参加者とのこと。2会場の対面セミナーに参加できない人たちは通信参加となる。
9時から広島会場で挨拶、その後岡山に出向き岡山会場で挨拶。「人の命を預かる技術系の知識には積み重ねを必要とする授業科目がある。具体的には数学や物理であるが、ここでは英語も含めて、4月からの勉強のための復習をする。いわば準備運動で、プロ野球で言えばスプリングキャンプである」と趣旨を説明した。それだけレベルが低いと思う参加者もいるようである。挨拶では「プロ野球の選手はキャンプ中に、これからの長いシーズンに備えて体調を整えると同時に、シーズンでの活躍の目標や計画を立てたり、心構えの準備をするであろう。皆さんもこの入学前セミナーに参加しながら、復習だけでなく、大学で何を学ぶか、将来の進路、あるいは大学生活について、自分の考えを整理し、志を立てる機会ともして欲しい」ともお願いした。
4月の”入学式”で再会するのが楽しみである。
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2006年2月23日
教育方針碑の除幕式
今年は学園創立50周年にあたる。創立記念日の2月23日、本学の教育方針を刻んだ石碑の除幕式をした。
石は八千代キャンパスにあった自然石で、同窓会から設立40周年を記念して寄贈いただいた。石碑を設置した教育学習支援センターの前には、名誉総長(創設者)の鶴襄先生をはじめ、理事長、総長の他、多くの先生方が集った。自治会と体育会本部の学生諸君も集ってくれた。言うまでもないことであるが、教育は教員だけでできることではない。学生と教職員が一緒になって初めてできることである。教育方針は学生教職員で共有されなければならない。
「常に神と共に歩み、社会に奉仕する」、これが本学の教育方針である。自然を畏敬し環境を重視し、倫理と社会を大切にすることである。「環境、倫理、社会」が教育方針のキーワーズである。これらは、これからの技術系の人材にとってますます大切になることがらである。これらを大切にする教育を教育プログラムの中で意図的に展開し、本学の学風をますまもの確固たるものとしたいと挨拶をした。
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